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ラルフ・アースキンの住宅作品における パッシブデザインの手法とその変遷について

B4小峰です。春学期の研究内容について報告いたします。

 

序章 序論

0_1 研究の背景と目的
日本では近年、環境問題への取り組みが求められており、建築分野でもサステナブル建築の発展に注目が集まっている。しかしながら日本には四季があり、年間を通して気候の変動が激しいため、日本でのパッシブデザインの設計は難度が高く、現状では十分に実現されていないように感じる。

ラルフ・アースキン(Ralph Erskine、図1)は1914年にイギリスで生まれ、スウェーデンを中心に活躍した建築家である。数あるアースキンの作品の中でも住宅作品に注目すると、その分布はスウェーデンの首都であるストックホルムの周辺に集中している。この地域は暖流であるメキシコ湾流の影響により、同緯度帯にあるロシアやカナダ等の他国に比べると温暖な気候となっており、日本と同様に四季がある。冬には氷点下まで気温が下がり、降雪もあるため、この土地の環境下で建てられたアースキンの住宅作品には、厳しい寒さから住環境を確保するためのパッシブなデザインが用いられていると考えられる。

図1 ラルフ・アースキン

図1 ラルフ・アースキン

本研究では、アースキンの作品が具体的にどのようなパッシブデザインによって自然環境に適応しているのかを把握し、またその変遷を追うことでそれぞれの手法の発展プロセスを明確化する。更にここで扱うパッシブデザインが今後の環境建築、特に日本の寒冷な地域や降雪のある地域において活かされる可能性について考察することを目的とする。

0_2 研究の位置付け、対象・方法
現在ラルフ・アースキンに関して行われている研究としては、都市計画に関する研究の他、アースキンによる集合住宅及び住宅と、スウェーデンの民家との相関性を、意匠的な観点から検討した研究と、アースキンの建築作品の背景にある価値観とそれらが作品に与えた影響を、信仰や経験、時代背景等から分析した研究がある。しかしながら、アースキンの設計手法を環境的視点から分析し、その変遷を追った研究は見当たらない。
ラルフ・アースキンの作品のうち、スウェーデンに建てられた住宅(表1)を対象とする。図面、写真などの資料から、アースキンの作品に見られるパッシブデザインを積雪、断熱、太陽光の取り入れ方の視点から分類し、その変遷を年表に分布させる。

表1アースキンの住宅作品一覧

表1アースキンの住宅作品一覧

 

 

第1章 スウェーデンの気候とアースキンの設計思想

1_1 アースキンについて
ラルフ・アースキンはイギリスで建築を学んだ後、職を求めてスウェーデンに旅立ちそのまま移住した。事務所をスウェーデンとイギリスの両方に構え、チーム10にも参画するなど、精力的に活動していた建築家である。アースキンは、「建築は気候に関連していかなければならない」「建築はそこに住む人々や利用する人々と関係がなければならない」といった思想を持っており、北欧の風土を強く反映した作品が多く見られる。

1_2 スウェーデンの気候について
スウェーデンは北欧に位置しており、日本と比較すると寒冷な地域であるが、暖流の影響から同緯度の他の地域と比較すると穏やかな気候となっている。日本同様に四季があるが、冬期が長く、降雪もある。北欧地域の環境における最大の特徴は、季節毎の日照時間の変動が大きい点である。北極圏では白夜と極夜があり、スウェーデンの南部に位置するストックホルムの場合でも、6月下旬12月下旬の日照時間に、最大12時間以上の差が生じることとなる。

 

 

第2章 アースキンによるパッシブデザイン

各作品を積雪、断熱、採光の観点から分析すると、以下のような結果が得られた。(図2)

図2 分析結果

図2 分析結果

 

2_1 積雪
アースキンは建築家としての雪の扱い方について、「雪をコントロールするとともに、雪が持つ美しさも考慮しなければならない。」と記述を残しており、積雪に対するデザインの考え方に関するスケッチ(図3)も存在する。

図3 積雪に対するデザインの考え方のスケッチ

図3 積雪に対するデザインの考え方のスケッチ

この思想が作品に現れている例としては、雪を断熱材として利用するために屋根に雪を止めることを試みたスツールビクの家(図4)や、外皮を二重にすることで、氷柱による被害や、雨樋、排水用縦樋の凍結の防止を試みていたアースキン自邸(図5)があげられる。

図4 スツールビクの家

図4 スツールビクの家

図5 アースキン自邸

図5 アースキン自邸

 

積雪についての手法の変遷(図6)を見ると、雪を落としやすい片流れ型や切妻型の屋根をデザインしている時期と、雪を留めやすいV字型の屋根をデザインしている時期が混同しており、アースキンの手法の迷いが見て取れる。屋根を二重にして、雪を留める形が有効であったのか、続けて取り入れている。

図6 変遷1

図6 変遷1

 

2_2 断熱
アースキンの住宅では、現代の日本でも多く用いられるロックウールを始め、薪置き場のスペースや、屋根に積もった雪などの自然素材も断熱材として利用している。また、「寒い地域では、新しい建物の外皮膜と表面積を最小にする必要がある。」といった考え(図7)を持っており、リスマの自邸やエングストロム邸(図8)に強く見られるように、体積を最大限に確保しつつ表面積を最小にするための工夫を施している。

 

図7 寒冷地での「分離」による構造的な解決方法のスケッチ

図7 寒冷地での「分離」による構造的な解決方法のスケッチ

図8 エングストロム邸

図8 エングストロム邸

断熱方法の変遷(図9)を見ると、断熱材の利用に関しては、初期には費用の節約のためか、薪置き場や雪などで断熱を試みていたが、エングストロム邸の時期から化学素材の断熱材と自然素材の併用が見られるようになることがわかる。また、アースキンの手法の中でも特徴的な、屋根を二重にするデザインは、ストローム邸の、コールドブリッジの影響を防ぐためにキャノピーと建物本体を分離させたことから、派生したデザインであると考えられる。
アースキンは化学素材の断熱材のみに頼らず、自然素材の併用や、地形を利用して表面積を減らすなど、複数の断熱方法を駆使して、寒冷な地域で住環境を確保してきた。

図9 変遷2

図9 変遷2

 

2_3 高度の低い太陽光と開口
スウェーデンでは冬季の太陽の南中高度が低く、また日照時間が極めて短いため、アースキンは太陽熱について、「太陽の熱は北極圏において積極的に利用される要素となる。」と述べている。(図10)

図10 北極圏の街の建築の開口部に関するデザインの考え方のスケッチ

図10 北極圏の街の建築の開口部に関するデザインの考え方のスケッチ

具体的な対処例としては、南面の屋根を高くして開口を多く取ったものや、トップライトの設置が挙げられる。また特徴的な手法として、ストローム邸(図11)では屋根に反射板を取り付け、建物内部に低い角度の太陽光を取り入れることを試みている。

図11 ストローム邸

図11 ストローム邸

初期の段階では、東西に長いプラン、且つ、南から北に下がる片流れの屋根によって南の壁面積を大きくし、より多くの太陽光を取り入れようと試みたが、雪や断熱性との兼ね合いからか、水平な屋根にトップライトを設置する方法に落ち着いた。プランに注目すると、初期は東西に長い単純な長方形のプランであったが、南向きに折れ曲がったL字型プランに変化し、その後、北側の壁面積を抑えたT字型のプランに変化した。(図12)

 

図12 変遷3

図12 変遷3

 

 

結章 結論

アースキンの作品は素材や形状がそれぞれ異なっており、作品同士の統一性は一見無いように思えるが、実際は全てスケッチなどから読み取ることのできるデザインの考え方に基づいて設計されている。
また変遷を辿ることでアースキンは断熱性を中心に住宅をデザインし、太陽光の確保や降雪の対処との両立のためにあらゆる手段を実験的に試しながら、最善の形を模索してきたことが見て取れる。
日本の北海道や東北地方などの降雪のある地域の気候は、アースキンの住宅作品が建つストックホルムの周辺の気候と似通った点があり、二重構造の屋根や、北側の壁面積を抑える工夫、また表面積を最小にする考え方などは、今後の日本における環境建築に応用することができる可能性がある。

 

 

参考文献
1) ラルフ・アースキンの建築 人間性の追求 ピーター・コリーモァ 著/北尾靖雅・玉田浩之 訳
2) a+u建築と都市
3) Ralph Erskine,architect Egelius,Mas著

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