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低層住宅地における「奥行」に関する研究―時間地図の作成に基づく分析―

修士2年の氏家です。研究の途中経過を投稿致します。

序章 研究の概要
0.1研究の背景
 東京の低層住宅地では、想像よりも道が入り組んでいたり、車であれば一方通行路であったりして、目的地にたどり着くことができないことがある。これは、都市空間の様々な要素が影響し、ゆがみが生じているからだと考えられる。例えば、道路を侵食する植木鉢などのあふれ出しや、道路の狭さは、そこを通る人に通りにくさを感じさせる。何らかの要素が積み重なり、都市空間に違和感が生じていると考えられる。しかし、その要因は場所によって異なる。私たちはそれを何となく感じてはいるが、詳述することは難しい。
 日本の都市空間には中心性がないと言われている。槇文彦は「見えがくれする都市」の中で、日本の都市空間について、「奥―包む」という考え方で領域構築されてきたと述べており、「奥行」が日本の都市空間に存在することを説明している。陣内秀信は「東京の空間人類学」において地形や歴史的背景を踏まえ「近世の構造が現在の東京の基層に生き続けている」という形での江戸との連続性こそが、東京を際立ってユニークな街にしているというのである。つまり、江戸から東京へ連続的に都市空間が変化してきたことにより、地割や坂の空間利用など、東京の都市の特徴が生まれたといえる。
 都市空間をただ地図にするだけでは描き切れない違和感を可視化しようという試みは散見される。ジャンバチスタ・ノリのローマ地図(1748)は、アクセスできる場所を白、そうでない場所を黒に塗り分けており、教会などの公共空間も白に塗られている。これは、都市空間のアクセシビリティを可視化している。グラフィックデザイナーの杉浦康平は「時間地図」ダイアグラム(1985)では、交通網の発展により日本列島や地球全体の空間に「シワ」が生じていることを可視化している。また、ケヴィン・リンチは「都市のイメージ」の中で、都市の「イメージ・マップ」を作成し、実際にそこに暮らす人々の都市の認識と地図との間の乖離を発見した。

0.2研究の位置付け
 日本の都市空間における特徴は「空間のひだ」や「奥性」などとして概念的に理解されている。先述の通り、ノリや杉浦によって都市空間の可視化の試みが行われてきた。しかし、ノリも杉浦もあくまでマクロな都市空間のみを記述してきた。それに対し、本研究は人の歩行空間など、よりミクロな都市空間に着目するものである。
杉山の研究では、東京の低層住宅地に対し「奥行」が経路の冗長性、曲折性、狭隘性、空間の稠密性、階層性により生み出されていることが明らかにされ、畠山の研究では、冗長性と曲折性の点から実際の低層住宅地の「奥行」を評価している。
 久賀田、貝島による商業空間における街路から連続したひだ状の領域に関する一連の研究では、街路と建築のアクセス、視覚、外気の共有という点から分析を行っており、建築内部の街路化について述べられているが、多様な領域が多重化しているという指摘にとどまっている。
 東京の微地形に関しては、松本らの研究において斜面地や階段と住宅地との関係性が明らかにされている。
 本研究は首都圏の住宅地における「奥行」に関して、街路、地形などを横断的に分析し、それらを可視化することで都市空間に対し再解釈するものと位置付ける。

0.3研究の目的
杉浦式時間地図をよりミクロな都市空間に落とし込み、都市空間を再解釈する。
時間地図の分析と考察を通して「奥行」の要因を探る。

0.4研究の方法
・都市空間のゆがみを生み出す都市の構成要素を抽出し、それらを分類する。
・分類した要素(地形、摩擦、アクセス性)から、「時間地図」を作成する。
・作成した「時間地図」を基に、そのゆがみとそれを生み出す都市の構成要素の関係性について分析・考察する。

1章研究の対象と基礎的考察
1.1天沼
 複雑な街路網を持つ地域である。回り道を余儀なくされる地点が多く見られる。一方で、地形に関してはあまり勾配を持たない地域である。
1.2七里ガ浜
この地域は、江ノ島電鉄(以下江ノ電とする)の北側斜面地に住宅が広がる。斜面の麓付近に行くためには北側から大回りしなければならない。駅のすぐ近くが非常にゆがんだ地域となっている。しかし、江ノ電沿線に多く見られる私的横断場を用いることでそのゆがみが小さくなっている。
1.3大森
 大森駅西側の山王は、複雑な街路網と複雑な地形を有する。また、ジャーマン通り(開成道路)は幅員が大きいわけではないが、信号や歩道橋が少なく、都市空間を分断している。
1.4向島・東向島
 複雑な街路網を有する。また、カーブのある道が多いのが特徴である。一方で、平坦な地形である。
1.5神楽坂
 神楽坂通りを中心に、狭隘な路地の並ぶ街である。東西に勾配があり、路地空間は非常に狭く、段数の少ない階段がある路地も少なくない。
1.6荒木町
新宿駅の東側に位置する窪地に広がり、小さな店舗、住居、中型マンションが立ち並んでいる。階段、複雑な街路、狭隘な街路などを非常に多く有する。
1.7腰越
 線路に面した玄関やあふれ出し、線路における歩行者の私的横断などが多く見られる地域である。
1.8日野市程久保
 多摩丘陵北部の台地の住宅地である。この地域は、急斜面などの地形を多く持つ。また、地形に伴い複雑な街路網を有する。一方で街路空間は広々としている。また、台地にあるという特性上、街道などとは分断された地域で、アクセス性が悪い。
1.9武蔵新城
 武蔵新城駅の南口側の地域と北口側の上小田中とで全く異なる顔を持つ。南口側は非常に整理された矩形の街区で構成されている。上小田中は、複雑な街路網を有する。しかし、多摩川沿いということもあり、平坦な地形である。

2章時間地図の作成とその分析
 本章では、それぞれの地域において時間地図を作成し、分析することで「奥行」とそれをもたらす要因について考察を進める。時間地図の作成方法については3)を参照しているが、よりミクロな都市空間に落とし込む時に必要な操作については作成を重ね、検討する。
2.1天沼(図2-1)
 天沼は複雑な街路網を持つ地域である。一方で、図1-1をみると、ほとんど高低差の無い地域であることがわかる。よって、今回は高低差を無視し作図を行った。特に、ぐるっと回りこまなければ到達できない箇所が数多く見られ、その箇所において時間地図のゆがみが大きくなっている。一方で、直線的な経路で到達できる箇所については、支点に引き寄せられる形でゆがみをもたらしている。図0-3で見られるように、時間地図では支点をどこに置くかによってそのゆがみ方が大きく変形するため、どこを支点に設定するかについても検討する必要がある。
0822_天沼時間地図
図2-1 天沼時間地図

3章「奥行」をもたらす都市空間の要素
 本章では、都市空間に「奥行」をもたらす要素と、「奥行」がもたらされる要因を探る。
3.1街路の複雑性
 区画整理から取り残された住宅地は、非常に複雑な街路網を有することがある。この街路の複雑性は、目的地までの道のりと距離との間に大きな差を生むことがある。この差が、人に目的地までの「奥行」を感じさせる。
3.2街路の狭隘性
 一般的に、街路の狭さは歩行に関して心理的な抵抗を及ぼす。また、植栽や洗濯物などの生活のあふれ出しがあれば、さらに心理的な抵抗は大きくなるのではないか、と言える。この心理的な抵抗が、街路に「奥行」をもたらす。
3.3街路の見通し度
道を通るとき、その先に何があるのか、行き止まりなのか、他の場所に繋がるのかが見えにくい。道の「奥」が見えないことで、その道の「奥行」がより強調される。
3.4微地形
 坂や階段により道の先が見えない時、目的地までの距離感を失い、その経路選択の正誤を不安に思うことがある。また、急勾配や長い階段などは平坦な地形に比べ、身体的な負荷が大きくなる。つまり、心理的、身体的に負荷がかかることで、「奥行」を感じる。
3.5都市の分断
 ある地域が都市の中で巨大なインフラや地形によって切り離されるとき、その地域は単独の街として成長する。見えているのに到達するまでの時間が長いことなどにより、人はその地域に対して「奥行」を感じる。

4章予想される結論と今後の課題
4.1予想される結論
 時間地図の作成により、都市空間の「奥行」と時間との間の関係性が明らかにする。
 低層住宅地における「奥行」の要因として、街路の複雑性、狭隘性、見通し度、微地形、都市の分断といったものが挙げられるのではないか。
4.2今後の課題
 今後の課題としては以下の点を挙げる。
・事例のサンプル数を増やす。
・時間地図に関しては順次作成し、分析を重ねる。
・街路の狭隘性と街路の見通し度に関しては、時間地図以外の描画法で可視化し、分析する。

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