1.序論
1-1 研究の背景と目的
本研究の目的は耕作放棄地を市民農園へと転用する実現可能性を検討する事である。今日、食の安全性やTPPなどがメディアに取り上げられ農業への関心が高まっている。しかし、日本では食糧自給率の低下や就農後継者の不足、耕作放棄地の増加など多くの課題があり社会問題にもなっている。耕作放棄地とは以前耕作されていた農地が、現在は耕作せれず荒廃した農地のことをいう。ここで耕作放棄地を取上げる背景には建設コンサルト会社であり、ランドスケープ業務を扱う遊緑地設計有限会社(以下、遊緑地設計とする)でインターンシップを行った経緯がある。
遊緑地設計の基幹事業は横浜市など行政からの公園設計や樹木調査などを請負っている。現在、公園整備には助成金があり請け負う業務が多くある。しかし、公園整備が完了した数年後には業務が激減し、基幹事業を失う可能性がある。このような危機感を遊緑地設計は感じており、新規事業の模索を行おうとしていた。遊緑地設計の会社理念は「自然と人の新たな関係性を創出する」ことである。そのためにはまず、「緑」の保全を行わなければならない。そこで「緑」が失われ続けている場所として農地が挙げられた。この耕作放棄地に再び「緑」である農作物を取り戻しため、市民農園に転用する実現可能性を模索することとなった。市民農園の第一候補地を神奈川県秦野市とする。なぜなら遊緑地設計が秦野市の委託で2010年10月から2011年2月まで農地調査を行っているためである。そのため、秦野の農地情報が容易に入手可能であり、また行政と連携しているため今後の事業化の際にはこの関係債が役立つと考えているためである。筆者はこの新規プロジェクト試案にメンバーとして参加した。また、インターンシップに参加する動機にはKSコミュニティ・ビジネス・アカデミー(以下、KSアカデミーとする)で受講した講義からである。
1-2研究の方法
筆者は2010年9月から12月まで、遊緑地設計の助成により市民農園プロジェクトの実現方策を行った。
基礎研究
・市民農園に関する基礎把握及び考察
・事例調査及びヒアリング調査
・事例の比較・分析
敷地調査
・委託業務である農地調査に同行
フィージビリティスタディ
・敷地設定
・施設設計及び見積り
・料金設定
・収支概算
分析と考察
・将来像の決定
・補足作業の検討
2.市民農園の実現化プロジェクト
2-1市民農園について
農業が衰退し、2005年現在に耕作放棄地は埼玉県と同等の面積の38万haになるまで増加した。耕作放棄地増加の利用策として市民農園がある。また、都市住民が自然とふれあう場として市民農園に注目が集まり、市民農園の開設数は年々増加している(図1)。また、平成21年には農地法が改正され企業やNPO等が参入しやすくなった。
2-2事例調査及び現地見学
事例収集は通り9件である。経営方法、規模、利用料金など、これから自分たちがプランを作成するにあたり調査を行った。事例のNo.5からNo.9までは現地見学をした。そのうちNo.7からNo.9は経営者へヒアリング調査も行った。
2-3ヒアリング調査
資料等で事例調査後、市民農園の実態を詳細に知るために農園の経営者にヒアリングを行った。
[事例No.7] 国立BBQファーム(東京都国立市)
「農家の台所」というレストランなどを経営している会社が運営している(図2)。農園の手入れは全て農園の管理人が行う。国立BBQファームを開園した目的は、CSRや福利厚生を新しいビジネスモデルとして運営可能か検証するためである。
[事例No.8] RIVENDEL(神奈川県茅ヶ崎市)
RIVENDELは経営者自身が所有している古民家と農地を改修し、市民農園として開放している(図3)。古民家はヨガ教室や料理教室など農園利用者以外にも活用されている。農園と教室の貸出で経営している。
[事例No.9] 和郷園(千葉県香取市)
和郷園は生産から流通を事業とする会社が経営する農園である(図4)。広大な敷地に温泉や宿泊施設、レストラン、里山体験を付随させ貸農園以外からも収益を得ている。
2-4事例調査及びヒアリングの考察
農園の民間と行政の二つの経営者によって大きな相違点がある。まず民間は利益を生みだすために、栽培指導や管理棟などの施設投資など利用しやすいような仕組みがあり、ヒアリングした農園は全て予約待ちの状態にあった。一方で行政は、空地を農地として開放しているだけであり人材や施設投資はしていない。農業の素人には利用しにくく、そのため農園の利用率は悪い。耕作放棄地の利用法として単純に開放しているように感じられた。利用率を確保するには「立地」「施設」「管理」の3つの要素が重要になってくる。
3.プロジェクトの提案
初心者でも利用しやすいサービスを提供して緑の保全に繋げる。また調査の結果をふまえ、農園を経営するに当たり農地以外からも収入を確保できる市民農園を計画する。
3-1コンセプト
「農+食+泊」を柱に自然に触れ合うエンターテイメントを提供する。
3-2敷地の概況
敷地を神奈川県秦野市三廻部とする。樹木などの緑に囲まれている。
また近くに丹沢等もあり農業以外のレジャーも楽しめる場所である。
3-3フィージビリティスタディ
事例調査を参考にフィージビリスタディを行う。
また、遊緑地設計が農園を開設するには、農園の利用方法と開設者である遊緑地設計の企業形態により「市民農園整備促進法」という法律に従事する。
3-4施設概要
秦野市は東京や横浜から車で1時間半程度の距離にある。この立地を考慮し、区画面積を56㎡と設定する。またターゲットを家族連れとし、農業以外に川遊びや温泉等も満喫できる場所にする。利用しやすさや付加価値を高めるためクラブハウスの施設を設置する。
・顧客層:家族
・総面積:13800㎡
・区画数:173区画(1区画 56㎡)
・管理棟兼クラブハウス:延床面積66.74㎡(2棟)
3-5料金設定
秦野市の市民農園整備促進法による農園は単位面積当たり600円程度であった。ただし栽培代行サービスのない農園の場合である。そこで遊緑地設計としては施設がある農園を試案している。付加価値を付け、単位面積当たり800円と計算し年間料金を設定する。
・基本料金 年間 44,800円
・栽培お手入れ 月額 5,000円
・バーベキュー場の貸出 1日 5,000円
・簡易宿泊施設の貸出 1日 10,000円
・ワークショップ 1回 1,000~3,000円
3-6年間収支概算
クラブハウスに利用する施設は専門業者の指導のもと、筆者が設計し見積を依頼した。合わせて人件費や施設償却費の支出の計算を行った。
・イニシャルコスト 合計 14,264,000円
・収入 年間合計 15,690,400円
・支出 年間合計 12,374,800円
・収益 年間合計 3,315,600円
4.問題と課題
■ 資本
現在、遊緑地設計の資本金は700万円で会社経営を行っている。そのため、新規事業に多額の資金を投資できない。総区画数を173区画としたが、もっと少ない区画数から始めなる必要がある。また、遊緑地設計の社員数は5名であり、1人で何件もの案件を請負っているため新規事業に人手を回せない状況である。新規事業を開始するには新たに管理者(栽培専門家)を雇用する必要もある。また農家は一種類しか生産栽培を行わないので、多種の作物に対する知識が必要になってくる。
■ 運営
遊緑地設計が運営していくのか、新たに会社を立ち上げて運営していくのかも選択しなければならない。さらに、農地の借り入れ先を行政や個人の農家からなど検討する必要がある。インターン期間中に農協にもヒアリングをしたが快く対応してもらえなかった。その原因として、農家の保護を目的とした農協は、自分の領域で外部者がビジネスを検討している事を懸念したためだと考えられる。このように、機関の特徴に応じた関係が重要になってくる。そして農業以外の特徴であるバーベキューでは、野菜以外にも様々な材料を扱う必要がある。国立BBQファームのレストランから素材を仕入れるような、地域に頼る食材入手のルートを確立しなければならない。事前調査では「かながわブランド」という品質や生産量、供給体制の向上及び安定を目指す組織がある。秦野市に留まらず、神奈川県の地域資源を有効的に活用して地域の活性化に繋げるようにする。
■ 継続
地域の商店街や学校など地元ともっと連携し信頼を勝ち取らなければならない。この市民農園の存続を通じて、秦野市が活性化していくことを期待する。
5.結論
第2章の座学からの知識と第4章の実践からの体験から「市民が課題解決を行い、行政はその窓口」である関係性を成立させるべきでる。多種多様な課題は地域住民で解決し、そのための情報を行政が提供を行う。この形が今後、多種多様な課題解決をしていく上で必要になる関係性である。
今回、提案した規模では遊緑地設計が単独で行うには大規模すぎた。まずは小規模で試験的に開始し、継続性があるか検証を重ねる必要があるだろう。また遊緑地設計は小規模会社なので全てを自社だけでまかなうことは不可能である。そのため、周囲と連携が必要になってくる。この周囲の資源を利用する市民農園は、KSアカデミーで学んだコミュニティ・ビジネスである地域資源を活用し、やがて得た利益を地域に還元していける事業の可能性も見えてきた。また今日、農業分野は注目を集めていることもあり、住民プレゼンでは聴講者の熱意を感じられた。今後も問題意識を共有することは容易にできる。その結果、市民農園をツールとした事業には需要があり今後の展開は可能である。
耕作放棄地を利用した市民農園は農業のみの利活用に留まらず、レクリエーションやエンターテイメント事業として今後もビジネス展開していくだろう。そのため、早期に耕作放棄地の現状把握を努める必要である。今後、行政や企業、NPOなど様々な団体が耕作放棄地を効果的に活用し課題を解決するためには、農地の数や場所、荒廃状況など詳細な情報が必要になってくる。遊緑地設計では新規プロジェクトの試案と同時に、秦野市から委託を受けて農地調査を行っている。この現状調査は民間や個人が主導で行うよりは、やはりある程度の情報の蓄積がある行が政主導で行っていくべきである。