修士2年の大滝です。修士論文の概要を掲載します。
■研究の背景
2000年頃から増加を続けるシェアハウス(以下、SH)(図1)の多様化が進んでいる。経済性を重んじるSHの対立項として、性質の似た居住者を集め、コミュニティを活発にする「コンセプトシェアハウス」(以下、CSH)が登場した。この施設は、趣味、嗜好、性別、国籍などの共通点をもとに入居者を募り、カテゴリーの似た人間同士でシェア生活を営むものである。
コンセプトには「クリエイターが集う」ものや、「外国人と同居してコミュニケーションを図る」ものなど、多様なもの見られる。また、コンセプトが変われば、建築にも機能の付加や、空間の接続の変化などの違いが生じるように思われるが、交流を生むための空間的な工夫が見られないものが散見される。
このような現状を踏まえ、CSHの事例の交流を生むための空間的な工夫をつぶさに分析することで日本のシェア居住のあり方の一端を明らかにするとともに、未だ充分に成熟しているとは言い難いCSHに対し、計画の指針を示すことが急務といえよう。
■研究の目的
以上の問題意識を踏まえ本研究の目的を以下の2点とする。
①CSHの空間構成を分析することで、交流を生むための空間的な工夫を明らかにすること。
②CSHのコンセプトと立地、サービスとの関係性を示し、空間的な工夫と重ね合わせて分析することで、CSHの現状と実態を明確にし、最終的にはCSHを計画する上での指針を示すこと。
■研究の位置付け
既往研究として、CSH利用者の意識、実態調査をもとに居住者がSHを選定する際に何に重きを置いているかを調査した、津本らの「日本の住居型ゲストハウスにおけるコンセプト型と一般型の居住者の生活実態比較及びシェア消費行動- 各国におけるシェア居住に関する研究」がある。この調査では、CSHの入居者はコンセプトのないSHの入居者と比べ、経済性より交流を重視していることが知られている。本研究では、CSHの空間やそれを取り巻く外部環境やイベントを分析対象に加えることで、より詳細にCSHの現状や問題点について論じる。
■研究の対象と方法
CSHを研究対象とし、図面と現地調査を中心に分析を行っていく。また、事例の収集は複数の不動産サイトを利用し、バリエーションに富んだ様々な事例を収集する。また、同時に建築雑誌等からもSHの事例を収集し、相互に比較することでSH全体として問題視されていること、交流に対するスタンスの違い等の特徴を明確化する。SHの特徴を抽出する情報源として、不動産サイト、雑誌等に掲載された設計者の解説文を引用する。
■CSHとは
本研究ではCSHを「コンセプトを設定し、共通点を持つ人間が集うSH」とし、事例を選定した。
→コンセプトに合わせた空間を用意せず、入居者の属性のみを絞る事例の問題点を論じる。
■収集事例の概要
研究対象として、不動産サイト等に掲載されたCSHに加え、建築雑誌等からも事例を収集した。サンプリングの幅を広げることで、現在SHでどのような交流のあり方が実践されているかを相互に比較検討することができると考える。不動産サイト等から図面、間取り図が入手できたCSH,27事例を分析する。これらの物件に加え、建築雑誌等から収集した建築家によって設計されたSH,22事例を分析し、交流を生む仕組みを比較検討する。
■プログラム面での分析
ここではCSHを取り巻く周辺環境と事業者が設定する交流との適合関係を考察する。ここでの周辺環境として、周辺住民の年齢や職業の傾向、周辺の街の性格や用途、外部の活動拠点等に着目し、以下の3類型に分類した。
①周辺住民の属性
コンセプトと周辺住民の年齢、性別、職業等が関係する。CSHの需要やアクセスの利便性による周辺との結びつきが読み取れるもの。
②周辺地域の用途・文化
コンセプトと周辺の街が持つ文化や用途が関係する。ものづくりの街、若者の街といった周辺環境が持つ性質とコンセプトが関係性を持ち、地域の文脈と適合した活動が読み取れるもの。
③地域コミュニティの核となる
特色の薄い住宅地にあり、そのなかで小さな集会場のような地域コミュニティの核として機能することが想定されているもの。
・CSHの事例では「①周辺住民の属性」に該当する物件が多くある。これは集客や利用者のアクセス面の利便性を重視した関係性であり、「②周辺地域の用途・文化」に該当する物件と比べ、周辺環境と事業者が設定する交流との関係性は希薄であると考えられる。
・「③地域コミュニティの核となる」のSHは建築家が設計するSHの事例にのみ見られた。そこでの活動は周辺を巻き込む深い関わり合いの上に成立している。SH内部で交流が完結せず、外に開く交流のあり方はCSHにはない新たな交流の捉え方である。
■ハード面での分析
ここではCSHのハード面での特徴を考察する。CSHを構成する主たる要素として、専有部、共有部、水廻りに大別する。それらの要素をもとに、CSHのプランを以下の4類型に分類した。
①標準型
個室、共有部、水廻りのみで構成され、かつ共有部が一つにまとめられる。専有部分を削った分、共有部を広々と利用できるSHの経済的な基本原理を表した型といえる。
②開放型
共有部の窓を開放することで、中庭を挟んで隣接する棟の共有部と繋がり拡張される。窓の開閉によって共有部の大きさや使われ方を調整することができる。
③趣味室併設型
個室、共有部、水廻り以外に、防音室や工作室など、趣味に合わせた設備を持つ室が併設される。リビングなどの共有部では生まれない付加価値を生み、コンセプトに合わせた特色のある交流を生むことができる。
④全室共有型
プランとしては一般型と変わらないが、利用状況に大きな差が見られる。入居者の専有スペースはなく、全ての室が共有空間として使われている。
・27事例中約7割は「①標準型」になり、ハード面と想定する交流の対応ははっきりしない。その理由として、多くのCSHは既存の建物に軽微な改修を加えた程度の建物であり、大規模な間取りの変更は行われていないためであると考えられる。また、最低限の専有部を確保し、共有部をできるだけ大きく取るというSHの基本に忠実な型と見ることができる。
■建築家が設計するSHとの比較
建築家が設計するSHのプランを、室の機能、配置の面から分析し、以下の5類型に分類した。
①標準型
建築家が設計するSHにも標準型が見られた。建築の保存等に重きが置かれるものが多く、ハードの面から内部の交流を働きかけるものではなかった。
②開放型
共有部の窓を開放することで外部と繋がる。開放したスペースを周辺地域に開いた交流スペースとして利用し、イベント等を介した広がりのある交流が想定されている。
③趣味室併設型
建築家が設計するSHにも趣味室併設型が見られた。ディスカッションスペースや工作室が設けられ、イベントスペースとしても利用できるよう設計されているものが多い。
④異種用途併設型
オフィスなどの異種用途を併設し、共有部を設けている。住民以外の人間と共有する空間を持つことで外部との関わりを積極的に持たせようとする試みが見られる。
⑤変形型
共有部を変形させ多様な場をつくっている。SH内部の共有空間の豊かさが追求されている。
・CSH、建築家が設計するSHにおいて、どちらも「①標準型」がもっとも多く見られた。SH全体として、多くは既存の建物に軽微な改修を加えた程度の建物であり、大規模な間取りの変更を行うことは難しい。しかしその中でも、「②開放型」「③趣味室併設型」「④全室共有型」といった少ない改修で特色のある交流を実現させている物件も見られた。
・CSHと建築家が設計するSHを比較すると設計の手法は、窓の開閉による共有部の性質の変化や、通常のSHにはない室の併設など、共通するものが見られる。また、同様の手法であっても志向する交流のあり方には違いが見られる。CSHはSH内で交流が完結する内向的な交流、建築家が設計するSHでは外向的な交流がハードの面から提案されているものが多く見られた。
■サービス面での分析
イベントと住民との関係性を観察するため、イベントの運営主体に着目する。CSHと建築家が設計するSH,全49事例を分析し、得られた各物件でのサービス面での特徴を、①機会供給タイプ②自主運営タイプ③イベントなし の3種に分類した。
・CSHではコンセプトに合った活動をイベントで補完し、かつそれを管理者側が供給する場合が多く、イベントを住民が自主運営するものは少なかった。その要因として、住民が自主的に活動し、かつ、入れ替わりの激しいCSHでその活動を維持し続けることが困難であるということが考えられる。
・建築家が設計するSHではイベントに頼らないものと、イベントを自主運営するものの二つの大きな傾向がある。また、「コクリエ」(35)等、サービスとしては交流に介入せず、ワークショップや講演会が行える場を備えることで、住民が自主的に活動できるよう計画しているものが見られた。
■横断的な考察
分類の組み合わせを下の表に示す。
・CSHではプランの約7割が標準型に留まっているが、立地やサービスとコンセプトを組み合わせて交流方法を提示しているものが見られた。リノベーションが主流のCSHでプランを変更することが難しい中での一つの解決策と言える。
・「イベントの自主運営」が「周辺地域の用途・文化」に多く紐付いていることがわかる。こういった事例から、CSHで活動を維持する為には、立地との関係性やハードでの工夫と絡めて交流方法を具体的に提示することが必要であると考える。
■比較を通して得られるCSHの評価
・CSHの中でも「標準、周辺住民の属性、機会供給」、「標準、関係性を強く持たない、機会供給」はイベントが管理者のみによって行われるCSHであり、その他の部分では同地域内のSHと大きな差は見られないものということができる。また、趣味室併設型の物件では音響室などを備えているものの、そこでのイベントの企画に管理者が介入しないものがあり、どちらもコンセプトに合わせた活動を提供できているか疑問が残る。
・CSHは既存の建物に軽微な改修を加えた程度の建物であるため、大規模な間取りの変更は難しいが、建築家が設計するSH を物件を見ると、限られた予算や最小限の改修といったCSHと同様の条件下においても、組み合わせる立地との関係性やサービスの質によって、独自の交流方法を生み出している物件が見られた。
→コンセプトに合わせた交流はプログラム、ハード、サービスの3つの軸に沿って総合的に示されるべきであり、またその方法は必ずしも大規模な改修を必要とするものではないと考えられる。
■まとめ
CSHと建築家が設計するSHをハード、プログラム、サービスの面から分析することで、リノベーション中心のSH業界でのハード面への働きかけ、周辺との関わり合い方、活動の運営方法など様々な試みを見ることができた。その中で、CSHではただ単に似た属性の入居者が同居するだけでなく、どのような交流が行われるかを設計者がある程度想定し、立地、空間、サービスと合わせて入居者に活動内容を認知させることが必要であると考える。
また、一般的なSH の交流は内向的であり、内部の活動は閉じている。そこに設定されるコンセプトは排他性を高めるものとなりかねない。外向的な交流を目指すSHでは、そこで行われるイベントの参加意思の統一は難しく、入居者を募る段階である程度選別することになる。双方問題点はあるが、様々なタイプの交流方法を持つCSHが増加し、ふるいとなるコンセプトの幅が広がれば、入居希望者は自身の価値観にあったCSHを選択できるようになるだろう。
■課題と展望
本研究で取り扱った事例は多くが2008〜2018年の10年間に建築されたものであり、歴史は浅く、言わば発展途上であると言える。CSHは単身世帯の増加、多様化と相まって今後も増加し、時代の変化に合わせ多様化していくものと予想でき、今後も継続的に議論されるべきであると考えられる。