M2久木元です。修士論文の概要を掲載します。
■研究の背景
現在日本では訪日外国人が年々増加する傾向にあり、特に都市部では宿泊施設不足が問題視されている。そのため従来のホテルや旅館、簡易宿所に加えて一般住宅に宿泊させて宿泊料を取る「民泊」という宿泊形態が急激に増加している。
しかし現行の旅館業法では民泊に該当する宿泊形態を規制できないため、「ヤミ民泊」と呼ばれる正式な登録なしに運営される宿泊施設の数が増え続けている。この問題の解消のため2018年6月15日に住宅宿泊事業法が施行されることになった。
住宅宿泊事業法に基づく民泊(以下、新法民泊)では既存の住宅を利用して運営される場合が多く、外国人観光客の受け入れだけではなく、近年の縮小社会によって日本が抱えている空き家問題やコミュニティ問題の解決の一助となることが期待されている。
しかし民泊新法施行以降、Airbnb等の仲介サイトでの登録件数が激減し、宿不足のニーズを叶えるどころか当初予想されていたより登録件数が少なく伸び悩む事態となっている。このことから新法民泊を運営する上で何か大きな障害があるのではないかと考えられる。
本研究ではストック社会における住宅の新しい活用方法について、民泊の運営者のプライバシーの確保をどのような空間構成で解決しているかについて、そして民泊を運営するためにかかる規制と運営者の対応を明らかにするものである。
■研究の目的
以上の背景から研究の目的を4つ上げる。
①日本の首都圏における民泊の現状と実態を明らかにすることで住宅の新しい活用方法の可能性を示す。
②生活空間の使われ方とプライバシーのすみ分けを平面断面から分析することで新法民泊特有の空間構成を明らかにする。
③民泊におけるホスピタリティの多様さを示し、空間構成との関係を明らかにする。
④民泊運営のための諸制度や規制を整理し、何が障害となっているのか。また、改善するためには何が必要かを明らかにする。
■研究の位置づけ
既往研究として
・ヒアリングと平面図分析による民泊の使われ方と事前準備の調査
→切山らの -ホームステイ型民泊における泊まり方と住まい方の相互性に関する研究―
・民泊に対する近隣住民の意識に関する研究
→平田の -民泊利用マンションにおける居住者の意識に関する研究―
・日本での民泊の利用実態
→青木らの -「Airbnb」の日本における利用実態に関する研究−異文化交流と収益を目的とした新たなシェアの形態−―
が挙げられるがいずれもヒアリングによって民泊を始めるための準備や運営者の意識までしか明らかにされていない。また切山らの研究は特区である大阪市内の家主滞在型民泊を対象としているものであり、限定的な範囲での研究であると言える。
そのため本研究では新法民泊特有の空間構成や、運営上の様々な規制への対応に焦点を当てる。
■研究の対象と方法
研究の対象はAirbnbに登録されている物件より、その登録内容やレビューから運営者が宿泊者との交流に前向きであることが確認でき、またヒアリングが可能であると事前に連絡の取れた7物件を選定した
研究の方法は
・現地調査 (利用実態の調査)
・ヒアリング (新法民泊運営のための手続きや規制・ホスピタリティの効果 等12項目の内容)
・図面などの資料収集 (平面図を中心に用途を図示し、運営者の住まい方と宿泊者の泊まり方を分析)
・写真撮影
から行う。
■新法民泊の概要
民泊とは
→「一般の住宅(戸建・共同等)の全部、又は一部を活用して宿泊サービス(有料)を提供すること」
・現在民泊は「新法民泊」「旅館業法に則った簡易宿所」「国家戦略特区内の民泊」「イベント民泊」の4種類に分かれる。それぞれ制度上(営業日制限・営業地域制限・面積制限など)で異なる点が存在する。
■「家主滞在型民泊」と「家主不在型民泊」
新法民泊は、家主が物件に滞在しているか、不在かで異なる。家主滞在型よりも家主不在型の方が設置基準が若干厳しくなっている。この違いは宿泊者の泊まり方にも大きく影響を与える。
■民泊に見られるホスピタリティ(おもてなし)について
ホスピタリティとは宿泊者に対するおもてなしやサービスのことである。
宿泊者との交流が好きな運営者や、多くの投資をしている運営者は、充実した宿泊体験のために居室をリノベーションし、コンセプトルームを設けることや、運営者の趣味や特技を生かしたアクティビティを提供している。
こういった個人レベルでのホスピタリティは都市部の宿泊業では見られない、民泊特有の現象である。
特に訪日外国人は日本人のライフスタイルの体験を求めて民泊を利用することが多く、民泊にとってホスピタリティはかなり重要な要素であると言える。
■空間構成の特徴
下の図は現地調査を行った7事例(家主滞在型4件、家主不在型3件)の空間構成の特徴をまとめたものである。
家主滞在型民泊の空間構成を見ることで、運営者のプライバシーの確保方法と、運営者と宿泊者の交流方法を分析することができた。
運営者と宿泊者の交流の方法は、家主滞在型か家主不在型で異なり、家主不在型民泊のすべてのホスピタリティは事前連絡や予約を必要としているため、宿泊客によって泊まり方が大きく変わることが分かった。
■ホスピタリティの特徴
下の図は現地調査を行った7事例(家主滞在型4件、家主不在型3件)のホスピタリティの特徴をまとめたものである。
料理体験は最も多かったホスピタリティであり、運営者と宿泊者の距離を近づけることができるものである。
文化体験の内容は運営者の趣味や特技が生かされていることが多い。そして文化体験を行う場はその住宅の中でもハレの場になっていることが分かった。
■新法民泊運営時における規制およびその対応
ここでは新法民泊を運用する上でかかるソフト面の規制とハード面の規制、および運営者の対応について述べる。
■ソフト面の規制
届出書類
・届出先が5か所(保健所、消防署、清掃事務所、市区役所、法務局)
・提出書類が最大16種類
事前準備
・周辺住民への周知
・周辺住民への周知を証明する書類の作成
営業日制限
・年間最大180日の営業日制限
上乗せ条例
・東京では23区に加え町田市・八王子市が新法民泊に対して「上乗せ条例」をかけることができる。
・「上乗せ条例」の多くは住居専用地域での営業禁止と月曜~木曜(金曜)までの営業を禁止するものであった。
■運営者の対応
→多くの運営者は情報解禁された2017年から準備を始め、円滑な事業を始められていた。自治体の対応が調査事例ごとに大きく異なり、その差が自治体ごとの登録件数の数に現われていることが分かった。
■ハード面の規制
消防法による安全措置
・非常用照明器具
・消化器
・自動火災報知機
現地調査した全ての物件で、自動火災報知機と非常用照明器具が取り付けられており、いずれも新法民泊を始める際に購入していた。千川の民泊(P6)は防火区画が必要であるが、民泊運営以前から基準を満たしていたため改修することはなかった。
このことから新法民泊の運営を始めるうえで、ハード面の改修はハードルになっていないことが分かる。
■事業性について
ヒアリングから、家主滞在型民泊の運営者は新法民泊を副業的・もしくは趣味的に捉えている。家主不在型民泊の場合は他事業と組み合わせながら収益を得ていることがわかった。
・新法民泊はイニシャルコストのかからない事業であるため始めやすくやめやすい。しかし3章で述べたように民泊を始める準備が最も高いハードルとなっている。
・新法民泊が施行される際、設置基準とは無関係に事業性を高めるための改修をしている事例があった。
・事業性を高めるための改修は、特定の部屋に行う「質を向上させる目的の改修」と「維持が目的の改修」があった。質を向上させる目的の改修は、主にホスピタリティの充実のために行われていた。
■結論
本研究の結論を以下の4点にまとめる。
・家主滞在型民泊の空間構成を見ることにより、運営者のプライバシーの確保だけでなく、運営者の提供するホスピタリティによって、今までの住宅では見られなかった使われ方と空間構成を見ることができる。
・家主不在型で特筆されるべきは運営方法である。ストックを有効活用し、ホスピタリティによって宿泊者に充実したサービスを与えながら、別事業とも並行した運営でビジネスとして成立させることに意義がある。
・届出の煩雑さは新法民泊が普及しない理由の一つであることが分かった。届出の煩雑さによって多くの運営者が事前準備に時間を費やしており、新法民泊のメリットが薄れてしまっていることが原因である。
・180日の営業制限は趣味として運営する際には運営者の負担にならないというメリットがあるが、ビジネスとしては成り立たないケースが多い。しかし運営者の工夫次第ではビジネスとして成立する事例もある。(民泊とマンスリーマンションを並行してした事業など)
■課題と展望
本研究では日本の首都圏の民泊にのみ焦点を当てて分析を行ったため、地方部の民泊でみられるまちづくり的な観点で分析することができなかった。海外の事例であるイタリアのアルベルゴディフーゾのような、民泊を用いたリノベーションまちづくりやツーリズムについての議論はされていくべきだと考えられる。
また民泊の空間構成やホスピタリティを統計的に分析するためには、調査物件が不足していることは明らかである。しかし2018年に施行された住宅宿泊事業法に対して順応できていた民泊を調査、分析することにより、今までになかった住宅ストックの活用方法例を示すことができたと考えている。