B4の小林千雅です。2014年度前期の小論文を掲載いたします。
第1章 序論
1.1.研究背景と目的
商業空間において、より利益を上げるためには人の流れ、つまり動線計画がとても重要になってくる。しかし、一般的な商業施設は積層されたスラブにただの移動手段としての階段が配置されており、平面的にはつながっているとしても断面的なつながりが非常に薄い物が多い。
今回、調査対象とした表参道ヒルズにはいくつかの特徴がある。普通の商業施設は最下層部分にエントランスが設けてあり、そこから上がって行くパターンが多いが、本館部分の商業空間の中層部分にエントランスが設けられており、そこから上下に動線がのびている。本館の中央部分には巨大な吹き抜けが設けられており、他階の様子がよく見えるとともに開放的な空間となっている。また、すべての店舗が貸しテナントとなっていて表参道ヒルズは場所を提供することによって利益をあげている。そして、最大の特徴としてメインの縦動線をスパイラルスロープという全長約700mものスロープにしていることである。
表参道ヒルズはスロープをメイン動線にすることで階層毎の切れ目をなくし、断面的なつながりを持たせようとしている。
表参道ヒルズでは安藤忠雄が提供した空間が、ちゃんと平面的だけでなく断面的にもつながりを持たせるような空間構成になっているのか疑問に思った。そこで、本研究では実際に訪れた人を無作為に抽出し、追跡調査を行うことにより安藤忠雄が作り出した空間が本当に断面的つながりを持たせられているかを分析・検証することを目的とする。
第2章 調査対象の分析
2.1.安藤忠雄の思想
表参道ヒルズは1927年に作られた「同潤会青山アパート」の建て替え計画によって生まれた建物である。
建て替えの話し合いに向けて安藤忠雄は4つの目標を掲げた。それは「複合施設となる中で、商業スペースに対して一定規模の住居スペースを明確なかたちで確保すること」、「高さを前面のケヤキ並木を大きく超えないように抑えること」、「表参道と連続するパブリックスペースを中心に据えること」、「アパートの2棟か少なくとも1棟をそのままのかたちで保存し、たとえば同潤会資料室というかたちで地域に開放する」ということである。
高さに上限を決めてしまったことに対して、高く巨大な建物を建てて中に入る店舗数を増やしたい森ビル側と安藤忠雄との間で大きな対立が起きた。安藤忠雄は地下空間を多く取って問題を解決しようと提案したが、それでは莫大なコストがかかってしまうと森ビル側は猛反対した。しかし、安藤忠雄が表参道の景観を壊したくないという固い意思によって、最後は森ビル側が折れて、安藤忠雄の意見が尊重されるかたちとなってこの問題は解決した。
地下3階から地上3階を繋ぐ経路を表参道の坂道と同じ傾斜のスロープにするというのは、青山アパートの三角形の中庭をどうやって新しいパブリックスペースとして取り込むかの話し合いの時に決まった。
階段で積層されたスラブの間を行き来する買い物のための空間になるのではなく、街路空間が建物の中に引き込まれ、「中庭」の周りを散歩するようにしたいという思いから建物の中にもうひとつの街路を、もうひとつの街をつくっていくという話に発展していった。「過去から現代へ、時間の流れを直裁なかたちで街並みに刻もうと考えた結果である」と安藤忠雄は述べている。
2.2.調査対象の分析
表参道ヒルズは250mものファサードを持ち、地上6階地下6階建ての建築物である。フロアの内訳として、住居エリアが3フロア、商業施設が6フロア、駐車場が3フロアとなっている。敷地面積は6,051.36m²、建築面積は5,030.76m²、延床面積34,061.72m²(駐車場を含む)となっている。現在、本館のテナント数が79店舗、西館のテナント数が12店舗、同潤館のテナント数が6店舗、合計97店舗の専門店がある。それに加えて、38戸の住宅と店舗用196台(客用182台、荷捌用10台、管理用4台)、住宅用20台の駐車場で構成された複合施設である。
本館中央の6層(地下3階~地上3階)の吹抜け空間や、それを螺旋状に囲むように表参道の坂とほぼ同じ勾配(約3度)を持つ長さ700mの『スパイラルスロープ』(第二の表参道)、吹抜け空間中央(地下1階~地下3階)の大階段、そして大階段につながる地下3階には約550m²の広さを持つイベントスペースである『スペースオー』などが配置されている。スペースオーは表参道ヒルズ本館の地下3階に設けられた貸し出し式のイベントスペースのことである。入り口部分が大きく取られていて求心性の優れた空間となっている。イベントスペースの面積が448m²で入り口部分にはホワイエが100m²分設けられている。イベントスペースの高さは5,600mもあり、どんな展示品にも対応できるような作りになっている。
図1 表参道ヒルズ 規準階平面図&断面図
第3章 調査結果の分析
表参道ヒルズにはメインエントランスの他にイーストエントランス・ノースエントランス・青山エントランスと多数の出入り口が存在する。来客者がどんな割合でこれらの出入り口を利用しているか正確なデータがないため、今回はメインエントランスから入館した人のみを対象としてデータを集める。今回の調査は5月12日(月)、6月8日(日)、6月9日(月)、8月3日(日)、8月13日(水)の5日間で追跡調査を行った。
3.1.移動経路のパターン化
今回、データを集めた結果、3つの移動経路のパターンを定義した。それは、①通過型、②直行直帰型、③回遊型の3つである。
図2 経路パターン
図3 経路パターン分布図
全体的に見て回遊型のデータは32.7%と2番目に多いが、その理由として、グループタイプのデータが個人タイプのデータのおよそ2倍あるため、グループタイプのデータの影響を受けやすくなっているということが挙げられる。つまり、グループだと2店舗以上回ったり、スパイラルスロープを回って表参道ヒルズ内を散策したりするが、個人となると回遊型は11.1%まで下がってしまっているため、回遊性は望めない。
3.2.滞在時間
被験者の表参道ヒルズ内の滞在時間を調べ平均を出した表をまとめた。(表1)
表1 滞在時間の平均値一覧
平日と休日の平均滞在時間にはさほど違いが見られなかった。個人平均滞在時間とグループ平均滞在時間に約6分の差がついたのは、『3.1.移動経路のパターン化』の章でも明らかにしたように、個人は通過型が多く、グループは回遊型が多いために生まれた時間の差だと考えられる。しかし、結果として約6分の差しか生まれなかったのは、1回の来館で2つ以上の店舗に訪れた被験者が全52データ中5データ(9.62%)と少ないからだと思われる。
4.結論
4.1.総括
表参道ヒルズに入っているテナントはガラス張りの店舗が多い。それは、短い奥行きの全てを廊下から覗けるようになっている。安藤忠雄は、今はもう無くなってしまった同潤会青山アパートの中庭のような空間を提供し、まるで散歩をしているかのように人を徘徊させるという意図があったが、建物内をただ何となく徘徊する人は少なく、多くの人がまず初めに出入り口付近に取り付けられているフロアマップを観覧し、行きたい店や場所の目星を付け、その場所に最短で向かうか、ただ何となく表参道ヒルズに入ってもすぐに出て行ってしまう人が多く、回遊性を持たせるのは難しい。グループ単位で見ると回遊型の経路パターンを取る人は増えたが、一人で表参道ヒルズに訪れた人に対してはなかなか回遊型の経路パターンを取らせることは難しい。今回、庭を散歩するように館内を目的もなくプラプラと徘徊する人は少なく、表参道ヒルズに立ち寄っても店舗に立ち寄らない人たちは、待ち合わせの場所として表参道ヒルズを利用していたり、ふらっと立ち寄ったとしてもスパイラルスロープを回る訳ではなく、メインエントランスから他のエントランスに最短で行くケースが多く、安藤さんが提供した表参道ヒルズの空間構成は人を徘徊させるような空間構成では無いように思える。
4.2.展望
今回の検証ではエントランスの利用割合のデータがなかったためにメインエントランスのみの検証だったが、割合のデータを出し、他のエントランスを含めたデータを取り、この論文のデータをより正確にしたい。
参考文献
1)「新建築2006年5月号」新建築社
2)「GA JAPAN80」A.D.A.EDITA Tokyo
3)「建築家 安藤忠雄」安藤忠雄/新潮社
4)「安藤忠雄建築手法」安藤忠雄/ A.D.A.EDITA Tokyo
既往研究
1)「美術館内の経路調査にもとづく建築空間の分析 −金沢21世紀美術館におけるケーススタディ−」松本竜/大河内研究室/2006年度修士論文
2)「人を引き込む空間 商業施設の非接地階に関するアプローチ研究」東拓郎・田中智之/日本建築学会大会学術講演梗概集/2008年9月
3)「商業施設における人間行動に関する研究 –商店街と大型店の人間行動比較-」瀬口哲夫・中村誠/日本建築学会大会学術講演梗概集/1984年10月
4)「都心部商業空間における人々の行動について−1 行動時間および移動距離」飯田勝幸・竹矢広司/Architectural Institute of Japan/1973年
5)「都心部商業空間における人々の行動について−2」飯田勝幸・竹矢広司/ Architectural Institute of Japan /1973年
6)「都心部商業空間における人々の行動について−3」飯田勝幸・竹矢広司/ Architectural Institute of Japan /1973年