B4の大滝です。春期の研究内容を発表させていただきます。
序章
0-1. 研究の背景と目的
0-1-1. ポシェの変遷
建築におけるポシェとは、建築の残余空間のことを指す。この概念の歴史は非常に長く、本来は建築の構造を受け持つ部分、空間を図として見たときの地にあたる部分を指すが、現代における使われ方は変化しているように思われる。近代以降、ポシェという概念は構造的に必要とされる厚みから解き放たれ、自由さを獲得した。建築のポシェは量塊から面へと圧縮され、かつて物質的に充填されていた残余空間は様々な要素を獲得し、変化してきている。現代的なポシェは残余空間が空洞化することで、図と地の関係こそ保たれているが双方空間になっているものなど多様な変化を見せている。
このようなポシェの変化は『「ポシェ」から「余白」へ 都市居住とアーバニズムの諸相を追って』(著 小沢明)にも記述されている。この本では、従来の物質で満たされたポシェを「実のポシェ」とし、物質で満たされていない、知覚によってのみ感じられるポシェを「虚のポシェ」とした。この虚のポシェの実例として、SANAAのトレド美術館ガラスパビリオンが挙げられている。
現代でも建築家はしばしばポシェの概念を使用している。著名な例としてレム・コールハースのフランス国会図書館コンペ案やカーサダムジカ等が挙げられる。しかしこのような建築の黒塗りになっている部分も厳密には残余空間ではなくなんらかの用途をもっている。これは実のポシェにも虚のポシェにも含まれない空間である。このことはポシェの概念では説明できない建築が出現したことを意味しているのではないだろうか。
0-1-2. ラインの概念
建築には領域を区切る線が存在する。この線はシングルラインとして図面上に描かれ、領域の関係性を明確にする。そしてこのラインには同時に面、残余空間の情報も含まれる。AとBの領域を区切るラインを例にあげると、AとBを区切るラインにはCの空間と、ABCそれぞれに面する面の情報も含まれる。
このラインの概念によって分析することで、ポシェの概念では残余空間とされていた空間を他と等価に領域として扱うことが可能になる。その区切られた領域が物質的に充填されているか否かは問わずに分析できる。また、図面から領域を区切るラインを復元することは十分可能だと考えられる。これらの概念を用いて、従来のポシェの概念では説明できない現代建築をラインの概念によって明らかにすることを目的とする。
1章 研究対象の選定
1-1. SANAAの概要
研究対象の軸としてSANAAを選択する。SANAAの建築はトレド美術館や梅林の家のようにポシェの存在が希薄であり、捉え所がないように感じる。SANAAの建築は領域と領域の間が慎重にデザインされ、また透明性という共通の課題をもつ建築を連続して造っているので、時系列に沿って分析することが可能である。SANAA作品、また妹島和世、西澤立衛の作品を分析し、結果を比較していく。研究対象として以下の6作品を選定する。
1, スタッドシアター・アルメラ SANAA 1999
2, ディオール表参道 SANAA 2003
3, 梅林の家 妹島和世 2003
4, 金沢21世紀美術館 SANAA 2004
5, 森山邸 西澤立衛 2005
6, トレド美術館ガラスパビリオン SANAA 2006
3-1. 各作品に共通する点
以上の分析を踏まえ、SANAAのラインの手法の共通項を探っていく。分析した建築はそれぞれ空間の質は異なっているが、変則的なグリッドパターンを利用している点が共通している。建築には通常、そろぞれ用途を持った空間と、それを繋ぐ通路空間が存在するが、SANAAはそれを等価に扱い、通路空間が強く他の空間を規定しないように配慮していると考えられる。
これにより建築内部にいながら建築全体を強くイメージさせることができる。また、SANAAは各作品に対する言説に「全体性」というワードを頻繁に使用しており、それを意識しらがら設計を行っていることは明らかである。
この「全体性」をキーワードに各作品を見ると、もう一つ共通点が見られる。敷地や屋根、外壁などの建築全体の形を示す大きな領域と、個別の部屋などの小さな領域の図式である。
SANAAの作品ではこの全体の大きな領域と、島のように浮かぶ部屋の小さな領域、またその間にある領域(以下、間の領域)が慎重にデザインされている。SANAAの一連の作品は、この「間の領域」の性質を探求する道程と考え、各作品を再度分析し、類型化していく。
結章
4-1. 結論
現代ではポシェの厚み、密度は設計時に任意に変更可能となった。そのため現代ではしばしば残余空間は圧縮され、デッドスペースを切り詰めた建築が主流となっている。SANAA作品はそうした流れに対する独自の解を示している。極限まで間の領域を圧縮した梅林の家は部屋と部屋の関係性を強くし、二重のラインによって間の領域を空洞化させたトレド美術館ガラスパビリオンは内部に外部の環境を流入させ、全体性、透明性をあらわしている。領域と領域の配置により、人が通れるほどの間の領域をもった金沢21世紀美術館は、通路ともバッファーとも取れる街路空間のような空間を生み出している。
これらの異なる性質の空間は全くの異種ではなく、共通の操作による類型であると捉えることが出来る。
4-2. 課題と展望
これらの手法はどの建築にも言えることであり、どの建築も類型として間の領域を変化させたものが存在する。現代では残余空間を大きく取るポシェ的概念の実現は難しくなっているが、間の領域は現代ではより自由に振る舞うことができる。現代において建築を設計する際、このような領域の分け方について留意する必要があると感じる。