修士2年の山本です。修士論文の成果を報告します。
背景と目的
イギリスでは、教会を住宅にコンバージョンした教会転用物件が不動産市場で扱われている。
教会から住宅へのコンバージョンが起こる背景
①歴史的な建造物を保護する景観規制により古い建物が解体できない。
②住宅の供給戸数の限定・住宅価格の高騰による慢性的な住宅不足。
③1900 年代の都市部への人口流入により建設された教会が、脱宗教等で未使用になったが、簡単に壊せない。
④教会のコンバージョン後の用途は、採算をとるために集合住宅や事務所が一般的である。
⑤使用材料、構造、デザイン等が質が高いため、教会のコンバージョンへの投資が盛んである。
コンバージョンには主に以下の図の2つの手法がある。
教会のコンバージョンはこれらの延長なのか。他のコンバージョンと何が違うのか。
⇨これを明らかにすることが、本研究の一番の主題である。
そして、この問題意識を元に以下を目的とする。
①イギリスにおける教会から集合住宅へのコンバージョンの手法を明らかにし、特性や他のコンバージョンとの違いを導く。
②教会を集合住宅にコンバージョンする際に生じる障害となる点や困難を克服する設計手法を明らかにする。
位置づけ
・欧米のコンバージョンに関する研究では、豊富な蓄積がみられる。
・教会から集合住宅へのコンバージョンは、 顕著な事例が未だ少なく、 研究対象として十分に認知されていない。
⇨設計論・計画論的な観点から、教会のコンバージョンに関する基礎的視座の獲得を目指す。
対象
イギリス全土の不動産会社・設計事務所のウェブサイトに 掲載されている教会から集合住宅へのコンバージョン物件
方法
基礎研究を踏まえ、設計上の障害の克服方法を①平断面計画・ ②特徴的部位の空間利用の2点で分析をし、傾向を把握する。
1.イギリスのコンバージョン住宅の実態
①制度
・登録建造物制度/保全地区制度(建造物保存を促す仕組み)
・税制優遇措置/補助金(コンバージョンを促す仕組み )
②不動産業界
・サーベイヤー(鑑定人) → 不動産を評価し、総合的な情報を提供。
・コンバーター(コンバージョンを専門に扱う事業者) →プロジェクト評価に合わせた市場マーケット分析から客付け。
③所有の仕組み
・リースホールド(集合住宅へのコンバージョン物件では主流)
⇨①②③により、イギリスでの 集合住宅への コンバージョンの土壌が整う
2.教会のコンバージョン
①教会建築の種類
・平面形式×側廊の有無
②教会の既存躯体の特徴
1)装飾的かつ象徴的な外観
2)翼廊、アプス等の特徴的な平面形
3)天井が高く床がなく、内寸が大きい大空間
4)コロネードにより3つに分割された空間(身廊・側廊)
5)装飾がついた大きな開口部
6)縦長の断面かつ狭小平面の塔
7)無開口で、架構が露出している小屋裏
③教会の構造とコンバージョンの構法
・組積造の教会の既存躯体の内部に、木造や鉄骨造で集合住宅を施工
⇨本研究では既存躯体をスケルトン、後に内部に増築される床や柱・壁等 の構造や造作をインフィルと定義。
3.基礎的考察
・F1〜F21の21棟を選定し、個別分析する。
4.平断面計画
・アクセス形式と住戸の配置と構成からA〜Eに分けられる。
①スケルトンの規模と類型
②住戸の配置と構成
・メゾネット活用⇨18棟/21棟
・最大で4層のメゾネット
⇨ 大断面を有効活用した住戸計画
③アクセス形式
・図の併用型では、独立型×○○型 ⇨6棟/7棟
⇨アクセスを分散し、スケルトンを 有効活用
・玄関の新設では、既存開口部の改築 ⇨11棟/14棟
⇨ 開口部の位置や数 が住戸計画に影響
④スケルトンへの適応
・開口を避けた壁の配置
⇨施工を容易に
・既存境界の延長⇨7棟/10棟
⇨ 変形平面の発生を回避
・内寸に応じた住戸配置
⇨採光を考慮
・身廊/側廊を非保持 →短手の界壁を柱に合わせて配置
⇨柱型を壁の中に納める
⑤室内の特徴
・吹き抜け 窓際に設置 ⇨10棟/21棟
⇨スケルトンと インフィルの間に 隙をとり、既存の 大開口部を保持
⑥まとめ
■規模と平断面計画の関係性
・小規模はフラット・メゾネットを併用
・大規模はアクセス形式を併用。
■スケルトンの尊重
5.特徴的部位の空間利用
・設計上の障害となる教会固有の特徴的部位に着目し、コンバージョン後の活用のされ方の傾向を把握。
(F1〜F21に加え、写真が入手可能なF22〜F42を対象とする。)
①塔
・既存の階段を撤去して、床を設置する例が多い。
・屋根から突出した部分は約半数が、吹き抜けに活用。
・共用部<専用部
②開口部
・「分断」の操作が多い。
・「保存(吹き抜け)」はLDK・共用部等、人が集まる場に。
・ステンドガラスを新たなガラスにし、換気や採光を可能に。
③小屋裏
・多くは傾斜部に床を設置せず、天井高を十分に確保。
・床の設置は、快適さより住戸数・住戸の床面積を優先。
・傾斜部の床の有無に関わらず、屋根に新たな開口部を設け、採光を確保。
④外部空間
・塀や壁で隠す操作や最上階での設置で、外部空間をアイレベルから隠し、外観を大きく損ねないように配慮。
・最下層と最上階以外の外部空間はほぼ設置されない。
⑤まとめ
■スケルトンの尊重
結論
・これまでの論考を踏まえると、教会から集合住宅へのコンバージョンには、大きく3つがあると考えられるだろう。
第一に、スケルトンとインフィルを融和させ、両者を積極的に調停する、いわば「新旧融和」の手法である。
第二に、これと対照的に、スケルトンとインフィルを対立させ、両者の調停を放棄した「新旧対立」の手法である。
第三として、スケルトンとインフィルをあえて乖離させ、消極的に両者を調停する「新旧乖離」の手法がある。
この手法には、スケルトンへの接触を避けることで、オーセンティシティを棄損することなく保存し、ユニークな教会の特徴をインテリアに活かせる利点がある。また、スケルトンの制約から解放され、インフィルを自由に計画できることも大きな魅力であろう。
さらにここで特筆するべきことは、スケルトンを単なるシェルターとして扱うことで、意味的にもスケルトンとインフィルの乖離が発生していることである。このことは、建築家・青木淳が論ずる「廃墟のリノベーション」のように既存躯体から意味を剥奪することで単なる形式としてみなし、新たな意味を創出する手法に通ずる。教会のコンバージョンでは、外観の保存が強く要求されるが、内部でも空間と語彙が密接に結びつき、意味や形式が必然的に存在するため、スケルトンを完全に無視することはできない。「新旧乖離」は、コンバージョンやリノベーションで普及している「新旧融和」と「新旧対立」のどちらにも属さない第3の手法で、教会のコンバージョンに見られるユニークな特徴であるといえよう。
展望
・現地の実測調査や写真撮影による豊富な情報を元に研究を深めることが今後の課題。
・現段階より物件数を増やした上での分析や他国における類似例の分析や比較が可能。
・「新旧乖離」の手法が、用途間の親和性(形態・イメージ・法規・構造等の一致)が低いコンバージョンでみられるのかを確認し、みられない場合には、この手法が適応可能か考える必要がある。