B4の大谷です。
僕は前期を通して、空間構成の際の〈分節〉と〈接続〉という操作と、その結果生み出される空間の状態についての研究を行いました。
本論では大きく分けて、
1.分節と接続の変遷
2.分節と接続の多様性
3.分節と接続の両義性
の3つについて述べました。
ここでは、どのように研究を行ったかを述べたいと思います。
まず、日本民家における可動間仕切りとユニバーサルスペースという過去の2つの手法を例示し、分節と接続による空間構成手法の現代的な特徴は、「平衡状態的な両義性」にあることを示しました。
可動間仕切りは分節と接続の可変性を、ユニバーサルスペースはそのどちらも意図しない普遍性を意図しているのに対し、現代はそのどちらをも意図するような状態を追及しているといえます。
その結果、分節と接続という手法は多様化してゆき、さらにはその両義的な状態の獲得へと至ったと考えることができます。
つぎに、分節と接続の「多様性」についてです。
多様化し、複雑化した事例に対し、設計者の意図や設計プロセス(=〈系〉)と、その結果出来上がった空間の構成(=〈型〉)の二つのアプローチからの分類を行いました。
まず、〈系〉についてです。
系とは設計者の意図や設計手法、その手順を含めたプロセスのことです。つまり、主に設計者の言説やスタディ過程などから判断される評価軸です。
この〈系〉は、〈分節系〉と〈接続系〉の二つに分けることが出来ます。
〈分節系〉は想定した全体形を維持しながら、内部を単位空間に細分化し、多様な関係性を作り出していく系統。つまり、全体から部分への設計へという手順で進むトップダウン型の設計系統です。
一方、〈接続系〉は個別に単位空間による部分の関係性を組み合わせ拡大していくことで、複雑な全体形を作り出していく系統で、部分から全体へと設計が進むボトムアップ型の設計系統です。
つぎに、〈型〉についてです。
型とは、生み出された建築の構成を類型化したものです。〈型〉はいわゆる空間図式であり、最終的な建築空間にカタチとして表れているものを示しています。本論では、抑揚型・包含型・充填型・ランダム型・フィルター型の5つのカテゴリーに分類しました。
系が〈分節系〉と〈複雑系〉の二つに分けられるのに対し、型は複数のカテゴリーにまたがることが多くあります。
この〈系〉と〈型〉による分類により、一見同じ構成がとられているように見える建築同士であっても、設計者の言説や設計プロセスの相違による差異を判別することができます。
本論では、2つの系×5つの型=10パターンの事例について紹介しました。
最後に、分節と接続の「両義性」についてです。
前述した〈系〉や〈型〉をもつ建築には、想定されたボリュームを〈分節〉したり、それらを〈接続〉したりするというオペレーションに段階性があるという共通点があります。これは、設計の段階で明らかに空間を〈分節〉もしくは〈接続〉するという意図が介入していることを意味しています。 しかし、以下で述べる建築(システム)においては、そのようなオペレーションの段階性を必要としない、分節や接続という概念を超えた新しい空間構成原理をみることができます。
1.武蔵野美術大学美術館・図書館/藤本壮介
2.ひだの原理/平田晃久
3.エマージング・グリッド/伊東豊雄
武蔵野美術大学美術館・図書館は、本棚で埋め尽くされた同心円状の渦巻で構成されており、渦巻の中心から放射状に孔が穿たれています。渦巻という形式は、壁の向こう側にある空間は全く違う場所であるようでありながらも連続した一つの空間であるという特徴があり、それは壁に孔が穿たれることでより明快になっています。
渦巻という形式を用いたうえで、それに開口部を設けたというようなオペレーションでこの建築が設計されているとしたら、それは渦巻によって空間を〈分節〉し、孔によって〈接続〉しているだけであるように思えますが、この建築が設計されるまでのスタディの様子や藤本壮介の発言からは、孔の位置のスタディは繰り返されているものの、渦巻と孔にはヒエラルキーはなく「孔のあいた渦巻」というひとつの形式で設計されていることがわかります。
さらに、渦巻という形式は空間を分節しているようではありますが、実はどこまでも発散していく一つの連続した空間です。つまり、渦巻という形式自体に分節的要素は薄いのだけれど、そこに孔が穿たれていることによって、そこに接続的な要素が感じられるようになっているため、〈分節〉と〈接続〉の関係が等価になっているのです。
このことから、「孔のあいた渦巻」という形式は、オペレーションの段階性が存在していない分節と接続の両義性を獲得している建築の構成原理のひとつであるといえるでしょう。
平田晃久は、著書『animated』の中で「ひだの原理」を提唱しています。また、「脱[床本位制]」とい言葉を用いて床の積層としての建築を批判し、床を増やすのではなく立体的に表面積を増やすことによる建築の生成原理を示しています。
gallery.sora.という計画案のダイアグラムによれば、単純な立方体の容積に対してひだの原理を応用することによって、建築全体が構成されています。これは、平面計画的な建築設計手法ではなく、立体的な空間を自動生成してゆくような原理によって、建築がうみだされていることを示しています。つまり、空間を〈分節〉したり、〈接続〉したりというオペレーションはなく、想定される容積に対してひとつの原理を応用することで空間構成を行っているのです。
また、そのようにして生み出された建築空間は、いくつもの小さな領域に分けられつつも、すべての領域の空気がつながっていて、全体としてひとつのまとまりを獲得しており、空間的にも〈分節〉と〈接続〉の関係性が両義的なものとなっています。
平田晃久の「ひだの原理」に類似した立体的な空間構成原理として、伊東豊雄の「エマージング・グリッド」というシステムがあります。これは、カテノイドと呼ばれる水平垂直にどこまでも連続していくような3次元曲面のチューブを生成するシステムであり、ゲント市文化フォーラムコンペティション応募案[2004]や台中メトロポリタンオペラハウス[2005-](Fig.22)に適用されています。
「ひだの原理」は、直接床や壁を生成していく原理であるのに対し、エマージング・グリッドは、カテノイドと呼ばれる構造体を生成し、それにプラグと呼ばれるスラブを挿入することで床が確保されています。つまり、通常は床の上に空間を分節する要素を配置してゆくのに対し、このシステムはそれとは逆に空間を分節する3次元的な構造体の中に床を確保してゆくというオペレーションを可能にしており、空間の分節や接続といった状態を操作してゆくのとは異なる手法によって空間を構成しています。
また、このシステムはAとBの2種類のチューブ系の組み合わせによって成立しているため、片方の系が外部空間となった場合、立体的に複雑に絡み合う内外の関係性が可能となるため、その境界は極めて曖昧なものとなります。
以上のように、本論では多様化する〈分節〉と〈接続〉の手法の類型化と、その類型に当てはまらない空間構成原理を新たな手法として取り上げました。
両義的な分節/接続状態を獲得している3つの空間構成原理に共通するのは、〈分節〉や〈接続〉といった直接的な操作がその原理のうちに存在していないことです。
つまり、分節/接続の両義的な状態というのは、そのバランスをとるような手法による設計ではなく、そのどちらも介入していないような原理によって初めて獲得されるものであるといえるのではないでしょうか。これは、平面的な計画から脱却した立体的な空間構成原理の追及が、隣接する空間同士の新たな関係性を獲得しえるということを示唆しているように思えます。また、そのような関係性は領域の境界をも曖昧にしていき、現代建築家の「曖昧性」の概念の追及への後押しとなっているでしょう。
しかし、ここで発見された3つの原理は、現在まだ強い作家性の中にあり、汎用性を得ていません。さらに、それに伴う施工技術も未発達です。
これらの原理がさらに一般化され、多様な解釈や使用法が実践されていかない限り、分節と接続の両義性を獲得した建築の進歩はあり得ないでしょう。
〈分節〉や〈接続〉によらないあらたな空間構成原理は、まだその芽を出したばかりです。