修士2年の五味です。修士論文の概要を掲載します。
0.1研究の背景
・マカオは近年、観光とカジノの街として急成長を遂げる都市として知られている。ポルトガル風の街並みと、華人の流入による中華風の文化が混在する都市であり、起伏に富み複雑な街 路形態が特徴である。近代以降、人口密度が世界一となり、世界有数の高密度都市となった。
・マカオの最大の特徴は高密度な都市が起伏に富んだ地形の上に形成されていることであるにもかかわらず、マカオの都市空間と地形の関係は十分に語られてこなかった。
・旧市街にはいたる所に複雑な形態を持つ路地が存在し、土地の起伏と相まって濃密な立体的都市が展開している。廟などの宗教施設が点在し、コミュニティーの場となっている。
→本研究はこうした勾配をもつ路地を対象とし、その空間特性を解明することを主題とする。
0.2研究の位置づけ
マカオに関する既往研究には、是永らの①都市形成過程を明らかにしたもの、②旧市街内のポルトガル風の広場の形態と空間特性を明らかにしたもの、③人口増加の過程で形成された袋小路の形態と空間特性を明らかにしたものなどがある。
ポルトガルの都市に関するものには、猪野らの④ポルトガル本国と植民都市セタウの街路特性・類似点について言及したものがある。
①は16世紀以来、都市が3つの期間を経て段階的に開発されてきたことを明らかにしている。②③は街路のスケールの分析という点において本研究の関心と重なるが、本研究の独自性は、街路のスケールにとどまらず、路地と建物との関係を包括的に扱う点にある。
0.3研究の目的
世界有数の高密度都市マカオの旧市街では「路地」が重要な生活空間の機能を担っているのではないか。そうであるならば、高密度な人の生活を支えるための仕組みや工夫はいかなるものであるのか。この問を明らかにするために、①~③の具体的な目的を設定する。
①路地がもつ結界と境界、床仕上げ、廟、樹木・工作物を分析し、路地の独立性と路地内の領域性を明らかにする。
②複雑な街路形態の中で、路地の平断面形態、幅員を分析し、形態的特徴を明らかにする。
③路地に面する建物とのD/H、延床面積、用途を分析し、都市の高密性と路地の関係を明らかにする。
1.1.マカオの街区と路地
・マカオは都市の開発年代から順に旧市街、新市街、外縁埋立地の3地区に大別される。旧市街は16世紀にポルトガル風の都市計画をもとに開発され、起伏に富んだ複雑な街路形状が特徴的である。
・街路には大馬路/馬路/街/巷/斜巷/里/圍といった街路幅によって階層化された名称がつけられている。
・路地は複数の主要街路(巷以上の車が通行できる街路)を結ぶ通過動線であると同時に、廟や広場的空間が内包された住民のコミュニティーの場となっている。
1.2.路地の定義
本稿では、歩行者専用で自動車が通行できない幅員の狭い街路を路地と定義する。
1.3.調査対象と方法
勾配をもつ路地は起伏に富む旧市街北部に多く分布し、その中で勾配をもち特徴的な空間がみられる13地域26本の路地を抽出し、現地調査を行った。
2.路地の独立性と路地内の領域性
路地は、路上に設置された構造物などによって、路地の独立性を高め、路地内に特徴的な領域を成立させている。まず路地の基礎分析を行い、その上で独立性と領域性を成立させている結界と境界、床仕上げ、廟、樹木・工作物の4項目を取り上げ分析を行う。
2.1.路地の基礎分析
26本のなかでも、とりわけ特色があると思われるものを以下に示す。路地には様々な形態や場、空間を分節する要素が見られた。
2.2.結界と境界
主要街路と接続する路地の端部、内部には空間を分節する要素が存在し、結界と境界に大別される。
・結界:主要街路と接続する路地の端部に存在し、周辺の街並みに対して路地の独立性を高めるもの
・境界:他の路地と接続する路地の端部や内部に存在し、細かに空間を分節するもの。
これらは以下の5種類あることが分かった。
以上から結界や境界は種類によって分節の強度がことなる。
→路地は分節の強度が異なる結界と境界を組み合わせることで、公共的・私的な性格の空間を作り出している。
2.3.床仕上げ
調査を行った路地のなかで、6種類の床仕上げが見られた。
→床仕上げは路地の持つ結界の強度や人通りの多さによって使い分けられる傾向が見られた。路地ごとや路地内の一部分の仕上げを変えることで場の性格が異なることを示している。
2.4.廟
中国特有の宗教施設である廟は路地の随所に点在しているが、路地内の位置によって2つの性格に分けられる。
1)路地の端部にある廟は幅員の広い広場的空間の中心的施設であり、別の路地の住民との間でのコミュニティーの場として機能している。
2)路地の内部にある廟は比較的小規模であり、その路地内の住民向けの性格が強い。
2.5.樹木・工作物
路地内の小さな場をつくるものとして以下の4種類が見られた。
樹木やベンチ、旗・つるし飾りは公共的な性格の強い路地に存在し、生活のあふれ出しは路地を私有化できるような分節の強度の強い路地に存在することが分かった。
2.6.小結
以上の4項目を横断的に見ると路地の空間的特徴はスケールに応じて2つに分けられる。それは路地全体の閉鎖性に関わるものと、路地内に細かな場所をつくるものである。
路地全体に関わるものは以下の2つがある。
①周辺街路との接続部分の閉鎖性が強く私的性格が強いもの。
②周辺街路との接続部分の閉鎖性が弱く公共的性格が強いもの。
一方で、路地内に細かに場をつくるものは以下の4つがある。
①階段や門などの境界によって場がつくられるもの。
②床仕上げの違いによって場がつくられるもの。
③廟によって場がつくられるもの。
④樹木・工作物によって場がつくられるもの。
路地はスケールの異なる2種類の空間的特徴を合わせもつことで、変化に富んだ路地空間を形成している。
3.路地の形態
路地は具体的にどのような形態なのだろうか。そのために平断面形態、幅員の2観点から、地形と形態の特徴の把握を試みる。
3.1平断面形態
・26本のうち、「分枝」は7本、「曲折」は10本、「直線」は9本であった。
・大半の路地が階段を持ち、路地によっては一部区間で約35度の急勾配もみられた。これらの勾配を持つ路地は、踊り場状の空間を生活の場として活用していることが多い。
→以上から路地の平断面形態は5パターンに大別できる。
3.2.幅員
・路地の幅員には一定なものと変化が見られるものなど様々である。全路地の平均幅員は3.65mである。
・最小幅員と最大幅員で大きな差をもつ路地が多い。
・2~3m前後の幅員では、身体的スケールの空間として路地が私有化される傾向が見られ、4m以上の幅員は、廟、樹木、旗・つるし飾りが存在し、広場的空間となる傾向が見られる。
3.3.小結
・路地は、全てが「分枝」のような形態ではなく、「直線」や「曲折」のような比較的単純な形態が多数存在する。
・多くの路地が幅員の変化を持ち、樹木や廟は幅員の広い場所に存在し、路地を私有化している生活のあふれ出しは幅員の狭い場所に存在するなど、路地内に作られた小さな場と幅員が関係することが明らかになった。
→路地空間は様々な形態の路地が接続し合っていること、幅員に変化があること、高低差をもつことから、路地は周辺街路から内部を見通すことができない環境になっている。結界や境界と相まって独立性や領域性を補完し、路地の生活空間としての性格を高めている。
4.路地と建物の関係
ここではD/H、 路地に面する建物の延床面積と建物へのアクセスの関係、路地に面する建物の用途の3観点から、高密度な居住を可能にする路地と建物の関係を明らかにする。
4.1.D/H
ここでは幅員と建物高さから囲まれ度の特徴を明らかにする。路地内で幅員や建物高さが変化するため、平均建物高さと幅員を算出し、区間ごとと路地全体のD/Hを算定した。
また、全路地と高密度とされる他の都市(神楽坂、リスボンモナコ)のD/Hを比較した。
・すべての路地が均整の取れた値とされるD/H≒1を大幅に下回る。マカオの全体平均は0.32で他の都市と比較しても極めて狭隘な路地が多い。
・平均値が0.7程度の開放的な路地や路地内に広場的空間をもつことが高密度に建物が立ち並ぶ路地空間の環境を改善している。
4.2.路地に面する建物の延床面積と建物へのアクセスの関係
高密に建物が建ち並ぶ路地では、短い距離の中に数多くの建物へのアクセスがとられ、多くの延床面積を路地が抱えていると考えられる。そこで、路地がどれだけの建物の延床面積を担っているかを明らかにし、建物へのアクセス数や延床面積の大小によって、建物がどのような特徴をもつのかを考察する。そのために、単位路地長(1m)あたりの路地に面する建物の延床面積を算定した。また、建物へのアクセスの種類を示す。
・全路地の平均は45.7㎡であるが、路地によって大きな差がある。
→平均を上回る路地は街区の内側に位置し、建物のへのアクセスが集中している傾向がある。
→平均を下回る路地は、他の路地との接続が多く、建物へのアクセスが比較的多くの他の路地に分散する傾向がある。
・高低差の問題を解消するために、1階と上層階への入口を高低差に応じて別々に設置する工夫も随所に見られた。
→平均を上回る路地は、他の路地や主要街路との接続が少ないゆえに、住民以外の通行が少ないと思われ、プライバシーが保たれている。そのため、人の通行が多いと思われる平均を下回る路地との間で延床面積が調整され、高密度な居住空間を可能にしている。
4.3.路地に面する建物の用途
マカオの建物は1階が商業、2階以上が集合住宅である場合が多いが、路地に面する建物の用途の分布を平面的に分析する。
建物の用途を、接地階と上層階で大別した。接地階の用途は商業、集合住宅(連続長屋や中高層集合住宅)、戸建住宅の3つである。
・接地階の用途は、通り抜け可能な路地は商業が多く、行き止まりの路地は住居系が多い。
・通り抜け可能な路地においても、結界や境界をもつ閉鎖性の強い路地は、住居系が多い。
・路地内の「分枝」など、特殊な部分に住居系が分布する事例が見られた。一方、多くの行き止まりの路地は、端部に商業系が位置するものが多いが、路地が曲折することや路地の深部に行くにつれて、私的な性格が増すために住居系が増える傾向がある 。
→以上より路地に面する建物の用途は、一見すると無秩序に用途が分布しているようだが、すみ分けがなされていることが分かった。
4.4.小結
以上から、マカオは比較した他の都市と比べても囲まれ度の高い狭隘な路地でありながらも、路地内の随所に存在する開放的な空間、細かく路地を張り巡らしアクセスの分散することで延床面積の負担量を調整すること、高低差への対応、用途のすみ分けなどの工夫によって高密度な居住を可能にする都市構成が成立している。
5.結論と展望
5.1.結論
マカオは世界一の高密度都市であり、他の都市と比較しても極めて狭隘なものであった。それにもかかわらず、良好とは思えない環境においても、人々の生活を成立させる条件として考えられるのは、生活空間の確保、高低差の解消、アクセスの分散の3点である。
1)生活空間の確保:路地の内部の開放的な広場的空間の存在が特徴である。路地の随所の階段の踊り場に廟や樹木を併設させコミュニティーの空間を形成し、路地の勾配を改善している。
2)高低差の利用:建物の1階と上層階への入口を標高の異なる別々の位置に設置していることである。土地の勾配に対し建物が入口を高低差に応じて設置することで、高低差を有効に活用していた。
3)アクセスの分散:建物の延床面積を、路地を細かく張り巡らすことで分散させていることである。路地は幅員が狭く多くの人の通行を負担することはできないが、複数の路地に延床面積を分散させ、住民のプライバシーを確保しつつ、高密度な居住を可能にしている。
以上の3点が、他の高密度な都市と比較しても特異なマカオの特性である。マカオでは高低差を有効に生活空間の中に取り込み、かつ、建物の勾配への対応や、廟や樹木の併設された広場的空間を随所に配置することで、狭隘な路地が人々の生活空間そのものとなっているのである。マカオでは勾配をもつ路地が張り巡らされることで立体的で高密度な都市を成立可能にしているのだ。
5.2.課題と展望
他の都市との比較において、D/Hのみの言及にとどまっているが、さらに比較・分析を充実させることで、よりマカオの特異性を示すことができると考える。また、住民へのヒアリングによって、路地空間における生活の実態を調査することも望まれる。