B4氏家です。春季研究発表の内容を投稿致します。
序章 研究の概要 0-1 研究の背景と目的 一般的に、建築物が線路に対して表側のファサードを見せることはほとんどない。人や車が行きかう道路が都市の表側であると考えられているからだろう。一方で、人が見る側が建築物のファサードであると考えられるならば、多くの人々が乗り、その車窓から建築物を見る、鉄道側に対しても建築物の表側を見せるべきだと言えるだろう。 江ノ島電鉄沿線地域では、一般的な街並みでは見られない、私的横断場、線路敷きに玄関を向ける住宅、線路わきの狭隘な歩行者通路、線路敷きに溢れ出す植栽など特有の風景が見られる。江ノ島電鉄は開業当時、路面電車であった。つまり、開業当時は線路も道路とみなされ、線路にのみ接道する敷地も当時は接道義務を果たしていたと考えられる。しかし、戦後江ノ島電鉄は鉄道として認可されることになった。それにより、路面電車であった時期には接道の義務を果たしていた敷地も、接道の義務を満たせなくなり、既存不適格となるものも多く存在していると推察される。
線路に接しており、線路の反対側が接道しているにも関わらず線路敷きに玄関を向けている住宅は非常に興味深い研究対象である。それらの住宅が線路側に玄関を向ける理由について可視的な部分、不可視的な部分の両面から明らかにする。
本研究の目的は以下の2つとする。
1)江ノ電沿線地域において、線路に対して住宅が玄関を向ける理由について、歴史的背景や住宅地の変遷を踏まえ、明らかにする。
2)江ノ電沿線地域において、線路に対して玄関を向ける生活がなぜ成り立つのか、考察する。
0-2 研究の位置づけ
櫻井の研究では、線路敷きに対して玄関を設ける『しつらえ』、線路敷きに対する『植栽活動』、線路敷の『歩行』など、線路に対する住民活動に焦点が当てられている。デザイン学会における研究であり、建築的な分析はなされていない。この既往研究における分析を基に、建築的な分析を進め、線路敷きと住宅の玄関、建築物の関係性について新たな知見を得たい。
1章 江ノ島電鉄沿線市域の街並みの形成過程
1-1 江ノ島電鉄沿線地域の歴史
江ノ島電鉄と江ノ島電鉄沿線地域の発展過程についてまとめる。 開業当時は軌道法による路面電車として認可されていた。当時は現在よりも車両の速度がさらに遅く、本数も少なかった。路面電車であるため、その線路敷きは道路とみなされ、住民は自由に出入りしていたと考えられる。そのため、住宅の線路に面した側に勝手口や玄関を設け、日常的に線路を横断していた。その部分が私的横断場として残っている。
1-2 江ノ島電鉄沿線地域の街並みを構成する要素
江ノ島電鉄沿線地域の街並みを構成する要素のうち、本研究において着目した要素は、1)線路敷きに玄関を向ける住宅、2)私的横断場、3)線路わきの狭隘な歩行者通路、4)線路に溢れ出す植栽の4つが挙げられる。
2章 現況の調査と分析
2-1 調査対象の選定 本研究では、線路敷きに隣接する住宅とその周辺を調査対象とするため、和田塚駅、由比ヶ浜駅、長谷駅、腰越駅を調査対象として選定した。
2-2 調査方法
調査対象区間において、1-2の要素を地図にプロットし、現況を把握、法制度・生活動線からそれぞれ分析した。
2-3 現況の把握
各駅の現況を地図にまとめた。
3章 法制度・生活動線に対する分析・考察
3-1法制度から見た分析・考察
和田塚駅周辺では、二項道路に接道しており、法制度から見て問題のある部分は見られない。由比ヶ浜駅周辺では、法制度から見て問題のある部分は見られない。長谷駅周辺では、未接道である敷地の存在が確認できた。未接道であるため、私的横断場などを利用していると考えられる。腰越駅周辺では、二項道路に接道する。
3-2 生活動線に対する分析・考察
和田塚駅周辺では、線路わきの狭隘な歩行者通路や私的横断場が駅へ向かうルートの短縮のために日常的に利用されていると考えられる。由比ヶ浜駅周辺では、線路敷きを生活動線として利用していない。長谷駅周辺では、未接道のためやむを得ず私的横断場を生活動線として利用している。腰越駅周辺では、坂道の上り下りを減らすために私的横断場、線路わきの狭隘な歩行者通路を利用していると考えられる。
結章 総括と展望
4-1 総括
かつて江ノ島電鉄が路面電車であった時代に、線路に向けて玄関や勝手口を設けたものが、鉄道に変化してからもそのまま残り続けたことで、線路敷きに玄関を向ける住宅、という江ノ島電鉄沿線地域に特有な風景を作るに至ったと考えられる。こ風景が成り立っている理由は、二項道路など合法になる法的側面と、線路に玄関を向けているほうが生活に便利だという心理的側面によるものだと考えられる。 また、江ノ島電鉄沿線地域に特有の風景を構成する要素の中で、特に重要なものは、線路敷きに玄関を向ける住宅と私的横断場であり、線路わきの狭隘な歩行者通路はそれらに付随するものであると考えられる。
4-2 展望 本研究では線路に玄関を向けている住宅に焦点を絞った。江ノ島電鉄沿線地域に特有の風景をもたらすものは、このほかにも植栽、門、塀などの要素があり、これらの要素についても研究の余地があると考えられる。 また、どの時期からこの地域が特有の風景を持っていたかなど、歴史的な観点についても研究の余地がある。