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横浜市の歴史的建造物における保存・活用方法とその意匠的有用性に関する研究

M2川原です。
夏合宿が終わりましたので、研究成果を更新したいと思います。

夏休みでは前期の発表で課題となった目的を明確に絞ることと、作品ひとつひとつを分析することに重点置いて進めていきました。

0 序
0.1 研究の背景
1970年代から90年代、全国的に歴史的建造物や近代化産業遺産といったものの価値が見直され、保存の流れが各地で起きだした。保存方法に関する研究はいくつかなされているるものの、意匠設計の視点に特化した分析および有効な保存活用方法は導かれていない。これからますます近代建築の保存活用の動きは活発になる中で、保存活用の先駆者として再生を行ってきた横浜を調査することが求められていると考える。
横浜は日本を代表する港町であり開国の土地として様々な西洋文化発祥の地として近代遺産が多く、横浜市は歴史的建造物を保存し活用することで横浜らしさを生み出し、積極的にまちづくりに取り入れている。横浜市は1988年に「歴史を生かしたまちづくり要綱」を制定し、歴史的資産をまちづくりの資源として位置づけ、所有者の協力を得て主に建築物の外観を保存しながら活用を図ることを目的として、要綱に基づき「登録」「認定」を進めている。認定を受けた歴史的建造物については外観の保全改修や維持管理、耐震改修に対して助成を受けることができる。

0.2 研究の目的
歴史的建造物の保存活用の方法を意匠設計という観点で整理することは構造や材料に左右されてきた保存方法に、新たな視点を加えることができる。歴史的建造物の保存は、建物ごとに状況が違うため、なるべく残すことが
あっても現状は残す部分の選定が求められる。残す部分の選定基準はどこにあるのか、その新旧のデザイン的扱いに着目し考察することで明らかにすることを目的とする。
さらに、その建物が残される意味、歴史的建造物としての認定の意図と結果ふさわしい保存方法で残っているのか比較し評価することで、その有用性を明らかにすることを目的とする。

0.3 研究の位置づけ
歴史的建造物の保存活用に関しては都市計画、都市的な目線のものが大多数であり、組積造など近代建築特有の構造についての分析をしているものも見られた。意匠的なものとしては、歴史と意匠の照らし合わせや保存方法と制度の関係、ある特定の建物に限定した分析といった内容のものがすでに研究されているものの、設計者の意思が関わる建築に対象を絞り、保存方法が活用方法にどのように影響していて、それらの事例を比較、分析を行っているものはない。
そこで本研究では、意匠設計に特化した観点での分析整理を行うために、設計者の意図が関わる保存方法に対象を絞り、設計者のどこを残すかといった決め手に焦点を当て、歴史的建造物の保存・活用と意匠的有用性を導く研究として位置付ける。

1 横浜市の歴史的建造物
1.1 横浜市の制度
横浜市には登録歴史的建造物、認定歴史的建造物といったものが横浜市により独自に定められている。それらは「歴史を生かしたまちづくり要綱」の規定により、以下の要件を満たしたもので、保全すべき部位とその意匠・材料・色彩及び活用方法等を「保全活用計画」として定めて、市長が登録・認定することができる。認定した歴史的建造物を保全するための改修等に必要な費用の一部について、市の助成を受けることができる。
(登録)
第4条 市長は、景観上価値があると認める歴史的建造物について、その所有者の協力のもとに横浜市登録歴史的建造物(以下「登録歴史的建造物」という。)として台帳に登録することができる。
(認定)
第10条 市長は、登録歴史的建造物のうち特に重要な価値を有すると認めるものについて、その所有者の同意を得て横浜市認定歴史的建造物(以下 「認定歴史的建造物」という。)として認定することができる。
*「歴史を生かしたまちづくり要綱」より抜粋

横浜市登録歴史的建造物は現在193件(平成25年3月現在)。(表1)また、登録歴史的建造物の中で保存活用を積極的に行い、横浜市認定歴史的建造物に認定されている建物は現在85件(平成25年4月現在)になる。

表1 横浜市登録歴史的建造物件数(平成25年3月現在)
分類 社寺 古民家 近代建築 西洋館 近代和風 土木遺構 合計
件数  22   27    53    35     2    54  193

1.2 研究対象
本研究では、横浜市認定歴史的建造物に認定されているもののうち、増改築といった設計者の意思が保存・活用方法に影響する建築を対象にする。(表2)ここで、改修とは内装程度の変更を意味し、それ以上の大規模な改修がある場合改築と表現する。これらの事例の情報収集および分析を行うことで設計者の決め手となるポイントはどこなのか、現状の問題点を考察する。また、ヒアリング調査を行うことで、実体験的な効果を確認する。

表2 分類と研究対象
2013.07.20 梗概図版

2 横浜市の歴史的建造物の活用事例
2.1 増改築
2.1.1 保存+改修
歴史的建造物を保存し、活用していくための最小限の改修を施した事例として、赤レンガ倉庫を取り上げる。この活用方法は構造や設備に問題があることが多く、用途変更による空間構成の違いに耐えられるかが大きなポイントであると考える。
赤レンガ倉庫は妻木頼黄によって設計され、当時の最新の技術を用いた横浜港の倉庫として建てられた。1989年に倉庫としての役割を終えた赤レンガ倉庫を、横浜市が「港の賑わいと文化を創造する空間」というコンセプトのもと、改修が進められた。
改修の設計は新居千秋によって行われ、横浜市と民間事業の間に立ちソフトも含めた計画に携わった。煉瓦造3階建てのこの建物は、商業施設へ活用するため、水、電気、ガス、空調などの設備を整えるところからスタートし、壁や床の一部を抜くための構造計算など課題が山積みであった。
新居は素材をなるべくそのまま使い、新たに配置した階段室やエレベーターはガラス壁で挿入することで内部にも煉瓦を感じられるように、内部も保存を意識した、対比したデザインとして挿入した。内部のコルゲート天井は今もそのまま使われていて、訪れた人に歴史を感じさせてくれる。(図1・2)

赤レンガ天井
図2 現在も使われている天井

2.1.2 保存+増改築
保存した建物に増改築をすることで活用している事例として、ホテルニューグランド、横浜情報文化センター、横浜税関本関庁舎、旧富士銀行横浜支店が挙げられる。これらの建物は用途変更がなされたもの、なされていないもので問題点は大きく異なるが、どれも歴史的建造物を配慮した形での増築になるのでその点でのデザイン的工夫が必要とされたという共通点を持つ。
横浜情報文化センターは「旧横浜商工奨励館」(図3)と「旧横浜市外電話局」(図4)を改修し、この二つの建物の間に12階建ての新館を建てるという計画となった。この二つの建物は高さがそろっており、街並みとしての一体感を保ちつつ、素材の違いなどによりそれぞれの個性が感じられる設計となっている。旧電話局は電話局の用途に合わせ1階と3階の天井が高くつくられており、用途は変わった現在もそのままとなっている。
日建設計の手によって旧建物の改修、補強、および新館の設計が行われ、“単体にとどまらない「建築群としての再生」を大きなテーマとした”と語っている。周囲とのスカイラインを合わせるため、旧建物からセットバックした形で新館を配置し、デザインも細やかなスケール感が意識されている。
電話局の外壁は茶色いタイルで覆われており、補修の際に部分的に張り替えられている。その際に何色かのタイルを混ぜることで、色むらが美しい昔のタイルになじませている。

香山・アプル設計共同体によって改修された横浜税関本関庁舎(図5)は、税関という用途は変わらず、またクイーンという愛称で長く横浜市民に愛されていた建物を保存しつつ、新しい税関庁舎として使用できる増築を求められていた。香山は公道に面する3面は風雨や改造により傷んだ部分を修理し、原型に戻し、あとの1面と中庭に接する低層部を撤去しここに増築するという提案をした。増築部分が周りより2層高く、屋根を軽くすることで港側からの景観を壊さないデザインとし、また、セラミックプリントガラスを壁面に用い(図6)、素材は対比的に、スケール感は既存部と連続するように配置した。また、日本では機能的にしか捉えられていなかった中庭に、本来の意味を持たせることで、未完の様式建築を完成しようと試みた。
このようなデザインの配慮により長年愛されたシルエットはそのままに再生し、庁舎として新たな使用ができるようオフィス部分の増築がなされ、新旧の違和感のない融合がなされた。隠したり、別のものというデザインに陥りがちな増築という手段だが、ただなじませるわけではなく、お互いに存在感がある事例として評価できる。

横浜税関本関 ファサード
図6 増築部のファサード

2.1.3 部分保存+増改築
歴史的建造物を保存するにあたり、最も問題になりやすいのが構造の耐久性である。こういった理由によりそのままは活用できない建物をどう再生していくか、方法は本章で述べる部分を保存していく方法か、壊して復元していく方法の二択である。
部分を保存することで再生活用していく方法のメリットは、やはりその建物が持つ、素材が持つ歴史が失われないということにあると思う。横浜市の歴史的建造物は外壁を保存することで景観を保ち、街並みをつくりだしている。外壁保存は周囲への連続性を失わず、内部の改修に融通が効くため、用途変更が比較的容易である。しかし、同時にその他の部分をどうデザインするかで建物の印象が大きく変わるため、その部分を保存する意味に大きく影響してしまうところが、設計上の問題点であると考える。
このような事例として日本興亜馬車道ビル、横浜綜通ビル、旧横浜銀行本店別館、旧神奈川県産業組合館が挙げられる。

日本馬車道興亜ビルは横浜市の認定歴史的建造物第一号であり、「横浜市歴史を活かしたまちづくり要綱」の制定の契機となった保存再生計画である。老朽化に伴い建て替えが計画されたが市民の熱い要望により保存が決定した。内部は震災や戦災により歴史的な痕跡をとどめていなかったことから外壁のみの保存が決定し、また有効な土地利用を図るために既存建物より高層の建物とすることが決定した。
屋根や高層部のファサード、残すか部分のファサード、これらの組み合わせをコンピューターシミュレーションによりいくつものパターンを比較し決定した。高層部のファサードは現代的なアルミカーテンウォールとし、縦のリズムを既存部とそろえた形で適用することで、一つの建物としての一体感を生んでいる。(図7)ハーフミラーとアルミパネルでできたファサードは、周囲に上手く溶け込んでいる。また、歩いていると視線は歴史的なファサードに目を奪われ、馬車道の雰囲気を高めている存在になっている。
また、旧横浜銀行本関別館では曳家を行い横浜アイランドタワーの低層部として生まれ変わった。(図9)この建物はトスカナオーダー式の列柱を持つ半円形のバルコニーがあり、内部は二層吹き抜けの典型的な震災復興の銀行建築であった。先端バルコニーと正面玄関の一部を曳家し、内部も含めその他の部分を復元し現在の姿となった。保存部分は公共のギャラリーとして活用されている。復元部分も可能な限り創建当初の材料の素材感を再現しつつ、耐久性の確保を考慮した花崗岩が採用された。内部の装飾天井も、あらかじめ現物から型取り採取したものを利用するなど、細部までこだわった復元により、曳家した歴史を感じさせるファサードとうまく一体化した形での再生となった。(図10)
さらに、連続する新築部のファサードは高さを揃えて三角形の開きを連続する形で張り出し、高層部はガラスのカーテンウォールで空に溶け込むようなボリュームとなっている。
ここでは素材、用途、スケール感、すべて保存部と異なっているが、低層部のボリューム感を連続させること、また高層部を別のものとしてデザインすることで、対比させ引き立たせているように感じる。

アイランドタワー低層部
図9 曳家したバルコニー

横浜アイランドタワー内部
図10 復原された内部

2.2 論考
どの活用方法も共通する問題点は老朽化による構造的側面、また用途変更に伴う空間構成の改修を保存した状態でいかに行うのか、という二点があげられると思う。
老朽化による問題は近代建築に限らず保存活用の現場で常に問題になることだと思うが、日本の伝統的な木造建築の老朽化の修復等に比べ、近代建築の組積造や鉄骨造などの事例はまだ多くはなく、経験が乏しい。また現在保存されているような近代建築の多くがオーダーメイドの素材を使っていることが多く、量産された素材を補修に用いれないなど、一対一の修復方法が求められている点は従来の歴史的建造物の保存と共通する課題でもある。
保存するだけでなく活用するということで大きく影響があるのが、用途変更に伴う空間構成である。内部も保存するということは壁などを自由に挿入することが難しく、空間構成の設計の自由度は大きく下がる。赤レンガのようにガラスのコアにより内部を積極的に見せていく方法もあれば、横浜情報文化センターのように新館をつくるという形で今の需要に応えている事例もある。その点日本興亜馬車道ビルのような外壁保存では内部の設計が比較的容易である。

3 総括
歴史的建造物の価値が認められつつある中で、保存方法の違いによって結果として歴史的建造物としての価値にも影響がある。再生には建物に対して一対一の解決法を見つけなくてはいけないため、時間やコストがかかり設計者の判断の決め手になっていると思う。
どこを残すか、その決め手は、まちに与える景観的価値、つまり外観に重きが置かれることが多いが、その建物が残される意味、なぜ歴史的建造物としての価値が認められたかが保存方法に大きく影響し、用途変更に伴う空間構成の変更に設計者の工夫がなされている。素材の扱いから、新旧の建物のボリューム感、デザインのスケール感これらがキーワードとなり全体の印象を決定づけていると言える。

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