序章 研究概要
1、研究の背景と目的
(1)フランク・ゲーリーとは
フランク・ゲーリーは、脱構築主義の建築家であり、スケッチとコンピュータ・テクノロジーを用いて、形態に特徴を持った建築を設計していることで知られている。特にビルバオグッゲンハイム美術館はその独創的な形態とビルバオ効果とも呼ばれる都市の再興で有名であり世界的な影響を及ぼした。
(2)ゲーリーにおける素材とは
ミルドレッド・フリーマンは「素材を選ぶとき、ゲーリーはそのものの特質と同時に、それが引き寄せる文脈についても考えている。」と述べている。つまり、建築を設計する時、素材は重要な役割を持つと言える。
(3)ゲーリー自邸について
ゲーリー自邸は、カリフォルニア州サンタモニカに建 ち、1979年に最初の改築が施された建築である。「ゲーリーを作った家」と呼ばれることもあり、またゲーリー自身も自邸のことを実験室であるという。ゲーリーはバーバラ・アイゼンバーグとの対談において、「自宅ではカリフォルニアで使う建材の実験をし、安い材料を加工して利用する方法と、過去と現在の境界を曖昧にする方法を模索していた。」と述べている。つまり、ゲーリーは住宅の素材に対して深い考えを持つと考えられ、その変遷を見ることで彼の素材に対する考え方を考察できる。
よって、ゲーリーの住宅作品における素材の特徴を探り、それに基づく素材の利用の変遷を明らかにすることを目的とする。
2、研究の対象と方法
スケッチとコンピュータテクノロジーを駆使して、ビルバオグッゲンハイム美術館やウォルトディズニーコンサートホールで有名になったゲーリーも初期の作品を見てみると住宅作品が多い。その住宅作品は、自邸が実験室と呼ばれていることからわかるように、素材を試行錯誤しながら様々な形で利用してきた。住宅作品における素材の利用を見ることによって、ゲーリーの素材に対する考え方の変遷を見ることができる。研究対象は、ゲーリーの建築作品のうち住宅作品に焦点を当てる。
研究は以下のように行っていく。
⑴住宅作品について言説や図面、写真などから分析し、 図面上に素材の位置をプロットする。
⑵素材の特色を考察する。
⑶住宅作品を素材の利用という観点から時期ごとに分ける。
一章 住宅作品分析
1、住宅作品一覧
以下に一覧を示す。
2、作品分析
以下のゲーリーの作品について詳しく分析を行う。
Steeves Residence / Danziger Residence / Davis Residennce / Gehry Residence / Gunther Residence / Wagner Residence / Indiana Avenue Studios / Smith Residence / Winton Guest House / Schnabel Residence / Lewis Residence / Telluride Residence
二章 素材の特徴
1、カリフォルニアモダニズム
カリフォルニアモダニズムにおける外装といえばスタッコや木のフレームの露出であり、それを初めて建築操作として取り入れたのは、シンドラーたちである。
ゲーリーの最初期の実作でもあるスティーブス邸においては、カリフォルニアモダニズムの影響が反映されており、十字型のヴォリュームに外装としてスタッコを利用し、所々に木のフレームが顔を出すという現在の曲面を多用するゲーリーには似つかわしくないカリフォルニアモダニズムの建築であった。
また、この時代の外装の特徴であるスタッコの外壁は、ゲーリーの手によって少し手が加えられた。それが初めて採用されたのは、ダンジガー邸であり、それは「トンネルミックス工法」によって吹き付けのプラスターで仕上げている。
この時期はゲーリーにとって、住宅の基本構成を学ぶ段階で、特異な形態を模索する準備段階であったと考えられる。
2、工業製品の利用
ゲーリーの第二期の住宅作品を見てみると工業製品の利用の理由にはいくつかあると考えられる。
まず第一に、経済性である。設計においてはどうしても予算があるので広い面積を、ある種彫刻のように1つの部材で覆うためには、工業製品は有用なものであったと考えられる。
次に都市との調和的側面である。この頃のカリフォルニアは金網やコンクリートブロック、多種多様なフェンスの見本市であり、工業製品はロサンゼルスの都市にとってのありふれたものであった。ゲーリーは、ロサンゼルスの統一性のない工業施設や、ごみごみした通りを楽観的に捉えた。外装材として使われていたのが工業製品であった。住宅において、工業製品をコラージュすることで都市との調和を図ろうとした。
そして最後にデザイン的な観点である。工業製品は都市の景観では嫌われる存在だが、ゲーリーは世間で軽視されている素材でもデザイン次第で生かし、実証しようとしていた。
住宅の形態が外装や形状の変化によって解体され、より彫刻的になり工業素材は独自性を生み出す一つの武器であった。
3、一ヴォリューム一素材
ヴォリュームに対してそれぞれ違う素材を使用し、全体として1つの建築と捉えたのは、インディアナアヴェニュースタジオが初めてである。しかし、建築の形状が分離したのは少し前で、ファミリアン邸であった。形状の変化と外装の変化の時期がずれるのは、面白い事象である。これは、平面構成における建築家の考え方と外装における芸術家の考え方がゲーリーの中に別の事柄として考えられているのではないかということが考えられる。
素材と用途を比較して共通点などを探してみたが、プールにおける素材が水色のタイルであることぐらいでそれ以外のものは見受けられなかった。これは、内部空間と外装素材が別個のものとして設計において考えられているという考察をより強めるものになっている。
また、ゲーリーの住宅において金属板が利用されたの第三期の後半からであった。ゲーリーの作品において金属板を用いた建築として思い受かぶのは、曲面を利用した建築だが、平面やドームといった幾何学に利用されていた。
4、コンピュータと施工性
ゲーリーの設計で、初めてコンピュータが導入されたのは、ヴィトラ・ミュージアムであった。建築形態は箱型が解体され、3次元曲面にゲーリーの興味が移り変わる。その形状を設計するのにどうしてもコンピュータの導入が不可欠となった。その後ゲーリーは住宅の設計においては、ルイス邸や、テルライド邸において利用されている。
3次元曲面の形態において外装材として多くの設計に利用されているのは、シートメタルであった。表面を葺くときに、シートメタルを使うことで、安い工費で実現することができると気づいたため、その後の作品では多くに使われた。工費が抑えられる理由としては、施工の段階において、シートメタルは変形が容易で、コンピュータによって、部材の量まで正確にわかるようになったので、コントロールが簡単にできることからであると考えられる。
三章 四つの時代
ゲーリーの住宅作品は以下の四つに分けることができる。
第一期(1954-1970)時代の流行に乗り、外装にスタッコや木のフレームを使用し始めた時代。
第二期(1971-1978)工業製品を積極的に利用し、素材をブリコラージュ的に利用した時代。
第三期(1979-1989)建築の複数のヴォリュームそれぞれに一つの素材を割り振られた時代。
第四期(1990-1999)コンピュータの利用でシートメタルが3次元曲面で利用された時代。
結章 総括と展望
1、総括
外装素材の変遷を見ると4つの時期に分かれる。それぞれの時期でその特色は色濃く出ているが、その後年においてもその特徴は顔を出してくる。また、ゲーリーは平面構成にかかわらず外装素材の決定を行い、平面構成における建築家的な視点と外装素材における芸術家的な視点の二つの視点を持っている。だんだんと変化する彫刻的な建築の形状と共に、素材も変化している。形状に合わせ、使う素材を変えていくゲーリーの素材への思慮の深さも垣間見ることができた。
2、展望
住宅を分析を進めていく内に、ゲーリーは内部の素材にも気を使っていたことがわかった。今後の展望としては、内装素材について住宅作品を対象として分析を行い、形状や外装素材との関係性を見ていくと、さらにゲーリーの素材に対する考え方が見えてくるのではないかと思った。
参考文献
論文
・飯森まき,上松佑二: フランク O.ゲーリーの建築作品の生成に関する研究 : 初期作品に於ける考察, 日本建築学会計画系論文集, 第567号,159-164, 2003年 5月
・田中僚,山中新太郎: フランク O.ゲーリーの住宅作品における形態操作の研究―住宅作品を中心とした分析とシングルルームについて―,平成26年度日本大学理工学部学術講演会論文集,I-22
書籍
・バーバラ・アイゼンバーグ: フランク・ゲーリー 建築の話をしよう
・ミルドレッド・フリードマン: フランク・O.ゲーリー アーキテクチュア+ プロセス
・ナンシー E. ジョイス: フランク・O・ゲーリーとMIT ステイタセンターの デザインと建設のプロセス
・A.D.A EDITA Tokyo: GA ARCHITECT 10
・A.D.A EDITA Tokyo: GA HOUSE 6
・A.D.A EDITA Tokyo: GA JAPAN 136
・A.D.A EDITA Tokyo: Residential Masterpieces 18 Frank O. Gehry Winton Guest House/ Schnabel Residence
・A.D.A EDITA Tokyo: Residential Masterpieces 20 Frank O. Gehry Gehry Residence
・Mildred Friedman:Frank Gehry: The Houses
・Paul Goldberger:Building Art: The Life and Work of Frank Gehry
・Francesco dal co Kurt W. Forster:FRANK O. GEHRY the complete works
・Peter Arnell, Ted Bickford: Frank Gehry Buildings and Projects
・Henry N. Cobb: The Architecture of Frank Gehry
・J. Fiona Ragheb: FRANK GEHRY ARCHITECT
・東京大学工学部建築学科 安藤忠雄研究室: 建築家たちの20代