修士二年の矢田です。前期までの修士論文の成果を掲載します。
1 序論
1-1 背景
ルイス・バラガン(Luis Barragan 1902-1988)はメキシコを代表する建築家の一人であり、光、素材、スケールなどにおいて独特な手法を確立した。彼に関する研究では、バラガンの建築空間内の色彩構成を動線と共に記述した小林らによるものや、内部構成を公私空間の連結や配置によって記述した上野ら、空間のシーンにおける壁や天井、開口の面積割合を動線と共に記述し、公私室空間の階層性を提示した井上らの研究がみられる。
本研究室においてはバラガンの建築を絵画的空間の集合体として解釈し、その手法をシーンの中で抽出した木村によるものがある。本研究では木村氏の継続研究という位置づけの論文である。
1-2 先行研究
明治大学大河内学研究室卒業の木村宜子氏の論文の中では、バラガンが建築を作る際の方法や影響を受けた人物について言及している。
バラガンはフェルディナン・バック(造園家)、ジョルジュ・デ・キリコ(画家)らに影響を受け、特にキリコのシュルレアリズム絵画の抽象性に強く影響を受けたとされている。その為、バラガンの建築にはしばしば絵画的なシーンが見受けられることを木村氏は述べている。そこで、木村氏はバラガンが三次元の建築空間の中に、奥行きを持った二次元的な絵画空間を構築しているのではということに注目し、建築の奥行き性や重層性を表現しているシーンの中からその技法を抽出している。(表1の左側)それにより、バラガンの建築空間の中には二次元的な奥行き性が確認できることを結論としている。
ただし、木村氏も論文中に述べていたが、これらの技法は各シーンにおいては確認できるが、それが集合体とした建築になった時にそれぞれどのような関係性をもっているかについては答えが出せていない。
1-3 研究の目的
本研究では、木村氏が発見したバラガンの技法をもとに空間をシークエンスの中で動的に見ていくことで、それらがどのように空間内で展開され
ているのかを明らかにすることを目的とする。
上記の写真の比較は木村の論文中によるものである。近景としての額縁により遠景を切り取る手法であったり、パースの効いた壁、開口の反復、中景の真ん中にアイストップなるものが置かれていることが指摘されている。これらのように、バラガンの空間には絵画的奥行き性がいたるところに見受けられる。
3 分析対象
バラガンが彼のスタイルを確立したのは比較的後期であるため、分析対象はその時期に作られた作品に焦点を当て、その中でも平面、断面情報が読み取れ、三次元化が可能なものをバラガンの作品集(齋藤裕氏による実測)の中から取り上げる。
(バラガン邸 ヒラルディ邸 ロペス邸 ガルベス邸 カプチーナス礼拝堂 サンクリストバル)
4 分析方法
4-1-1 三次元モデルの作成
平面、断面と写真情報から三次元モデルを立ち上げる。
4-1-2 シークエンスとなる経路の決定
作品における主な空間(作品を説明するうえで
重要と思える箇所をもとに、バラガンの作品集の中からピックアップ)をすべて通るように、エントランスから経路を設ける。その経路に沿って、観測点を1mごとに設ける。
4-1-3 可視範囲の制作
人が静止した状態で見える空間の範囲を可視範囲とし、高さ1500㎜、鉛直方向では視軸より+30°、-40°、水平方向では視軸より左右ともに60°と設定する。
(図2)『*東京都立大学大学院 小林らによる方法を参照』
図2 可視範囲
4-2 作品の分析、比較
1mごとに設定した経路に沿って可視範囲をピクチャとして取り出して並べ、その変化を見る。
その中で、木村氏が抽出したバラガンの技法(三次元空間の中に絵画的な奥行き性を作り出しているもの)を記述し、それら技法が有名なシーンの前後でどのように表れ、変化していくのかを分析する。
5 作品分析(作品ごと)
作品分析は以下の通りとする。
1作品紹介
2図面における経路の説明
3経路に沿ったシークエンスの取り出し
4絵画的奥行き性を持たせている技法の記述
5-1-1 ヒラルディ邸
玄関から黄色い印象的な廊下を通って、水盤があるダイニングルームへと抜ける。時間帯によって落ちる光が空間を彩る空間から180°方向を変えると四方を壁に囲まれた庭へとつながる。極めて印象的な空間が連続する建築である。
5-1-2経路の説明(図5)
エントランスから階段室-黄色い廊下-プールのあるダイニング-中庭までを経路にする。
5-1-3経路に沿ったシーンの取り出し(図3)
5-1-4絵画的奥行き性を持つ技法の記述(図4)
図3 ヒラルディ邸シーン 図4 技法の展開 図5 ヒラルディ邸平面図
5-1-5 技法の前後における変化の分析
この章では4-1-4章で記述した技法がその前後関係の中でどのように現れるかなどの変化を記述する。
No.12では黄色い廊下の一番奥に青い壁が見え、技法の中では遠景の演出(アイストップ)である。ところがこの廊下を進んでいくとNo.22で赤い柱とその右の白い壁が現れるのが確認できる。これらは高さ、位置共に異なっており絵画的奥行きを作っているのがわかる。ここでは青い壁のもつ役割が遠景の演出から重層性のある壁に変化している。No.22から右方向を向くと正面の壁が奥行きを持っているのがわかる(壁の重層性)。また右奥の方には垂れ壁がありその奥に中庭の青い壁が見える。垂れ壁は近景の演出によりフレーミング化されている。このようにプールのあるダイニング空間では、奥行きを持たせる要素がシークエンスと共に展開しているのが見て取れる。
5-2-1 ガルベス邸
ガルベス邸はエントランスから玄関ホール-階段室を通ると印象的な水盤が室内とほぼ同じ高さのレベルで隣接している。水盤はピンク色のL字型の壁に囲われ、時間ごとに異なった光を室内に落とす。リビング空間とダイニング空間は緩やかにつながっているが、天井面の高さの変化や、2mを超える壁により空間が隔てられている。ダイニング空間から望める広大な庭の奥には10mを超える青い壁が建てられ、アイストップとなって空間の奥行きを作っている。
5-2-2 エントランス-玄関ホール-階段室-書斎-ダイニングまでを経路とする。(図7)
図7 ガルベス邸平面図 図8 サンクリストバル平面図
5-2-5 No.12では空間が小さな開口に絞られ、近景の演出の効果を持っているのがわかる。進んでNo.15になると高さ2mのL字型の壁が見え、その左右両方にさらに奥行きを持った空間があるのが確認できる。No.15ではNo.12の近景の演出の効果を持っていた壁が、壁の重層性の効果をもつように変化している。No.17では空間の意識が窓の方向へ向き、天井面が同じ高さで窓の上を通過する(要素をシームレスにする操作)奥行き性が発見できる。このあとNo.21で窓に正対するところまで移動すると、庭の奥に高さ10mの青い壁が見える(遠景の演出)。ここでは青い壁を見せるために窓の正面へと移動させようとしていることがわかる。
5-3-1 サンクリストバルの厩舎
サンクリストバルの厩舎はバラガンが馬を飼育するために建てた巨大なランドスケープを持つ施設である。重きが馬におかれているために、壁や開口のスケールが馬に合わせられている。
5-3-2 エントランス-プール-大きな開口の空いたピンク色の壁-厩舎前までを経路とする。(図8)
5-3-5 No.13はエントランスからプールへ向かって真っすぐ進んだあたりで巨大な壁が重層的に配置され、奥行きを作っている。されに進むと一番左の壁が見えなくなっていき、代わりに左奥に別の壁が広がっているのがわかる( No.18)。さらに進むと、その壁には巨大な開口が開いていて、バラガンの手法である、フレーミング(その奥の風景を切り取る額縁)の役割に変わる( No.24)
5-4-1 プリエト・ロペス邸
5-4-2 エントランス-玄関ホール-リビング-ダイニングを経路とする。(どのように移動するかは検討中)
5-5-1 バラガン邸
5-5-2 エントランス-階段室-ダイニング-書斎を経路とする。(途中で経路に枝分かれの可能性があるので要検討)
図9 ガルベス邸シーン(上) 図10 サンクリストバルシーン(下)
6 バラガンの空間の構成法の記述
6-1 分析
以上三作品(現時点)を見てきたが、バラガンが意図して奥行き性を持たせている空間(バラガンが構図を決め、専属の写真家「アルマンド・サラス・ポルトゥガル」がシャッターを押すシーン)には、木村氏の論文にもあるように絵画的な技法との類似がみられるが、それらの技法はその前後のシーンにおいても別の役割を持ち、奥行き性を作る上で重要な位置づけであることがわかる。つまり、バラガンが作りたかった絵画的空間は、彼が意図している範囲の外にまで影響をもたらしている。
6-2 類型化(検討中)
7 予想される結論
バラガンはキリコの絵画の影響により、シーンの中に絵画的手法をもとに奥行き性を持たせ、そのシーンが建築内部外部ともに随所にみられるが、実はそれらシーンどうしの間にも絵画的手法がそれぞれ役割を変えながら連続しているのがわかる。
付録 作品図面集 作品作画集 参考文献リスト
1) Luis Barragan/ルイス・バラガンの建築 TOTO出版
2) CASA BARRAGAN TOTO出版
3) GA No.48 〈ルイス・バラガン〉
4) Barragan–The Complete Works Princeton Architectural Press