1. はじめに
中国は1978年の改革開放を皮切りに、資本主義の制度を取り入れ、社会・経済・人文など各方面が根本的に変革してきた。その中に、90年代から続いた高度経済成長と1994年から実施された住宅商品化政策が中国人の住まいに大きく影響を与えた。
経済力の充実より、集合住宅が大量に建設され、伝統住宅での多家族雑居から新築集合住宅での家族ごとに対応する住み方へ転換した。さらに、従来の伝統住宅には勿論、70年代までソビエトに参照したレンガ造集合住宅(簡易楼)にも、遥かに住環境が改善された。また、住宅商品化により、住宅は物資として供給するものから一転し、商品としてデベロッパーから提供するものへ転換した。それと共に民間デベロッパーや個人の建築事務所も出現し、新たな住宅事業に取り組んだ。現在、中国には公営と民間デベロッパーが並立し、さらに外資デベロッパーも加入した。建築設計方面は組織設計が高い割合が占めしている一方、個人の建築事務所と外国人建築家が活躍していることも明らかに見える。
2007年に、中国の平均居住水準は27.07㎡に達し、2010年には平均居住水準が30㎡に設定され、住宅事業は延床面積の増加(量)から住環境の整備(質)へ傾くことが考えられる。近年注目を浴びた集合住宅プロジェクトの中には、外国人建築家特に日本人建築家による設計が少なくない。彼らは変化した中国のライフスタイルに対応する新たな計画を導入し、今まで中国にはなかった集合住宅を造り出した。
一方、昔から日本と中国の間に強い繋がりがあり、近代から両国の社会は各自の特性がありながら、各段階には似たようなパターンもある。特に改革開放以降、中国は大量な日本の経験を参照しながら独自の発展を展開してきた。つまり、既に日本が経歴したことがまた中国で発生する可能性は高いと考えられる。具体的に居住を言うと、近年少子高齢化などの問題による新しいライフスタイルに対し、住宅を再検討している日本に続き、中国もこれらの問題に関心を持つようになった。それ故、過去20年の日本と、住宅事業が本格的に展開した過去10年の中国の対比は、現代中国都市部における集合住宅の研究に意義がある。
「北京+集合住宅」、「中国+集合住宅」、「日本+集合住宅」の三つのキーワードで、日本建築学会に検索した既往研究は図1のように分布している。インテリア(内装)や居住形態(部屋使用行動)などの研究は本研究の趣旨と外れるので検討しないが、集合住宅のスケルトンに着目した研究の中には、住戸に対して配置と住棟における日中対比の研究が少なかった。それ故、本研究は主に配置計画と住棟計画からの日中集合住宅対比の研究という位置づけにする。
図1 既往研究
2. 現代中国都市部の居住形態
図2は現代中国都市部の住民と住宅類型の関係である。住民は概ね高所得者、中所得者また低所得者三つの集団により構成される。住宅ストックは主に伝統住宅、集合住宅、戸建住宅三つの種類がある。伝統住宅は建国以前から残った歴史の価値がある住宅(北京の四合院や上海の石庫門など)、また建国以降ソビエト系の住宅のこと。後者は老朽化のため、近年多く取り壊され、一部がリフォームされている。
高所得者は、郊外にある戸建住宅(中国では別荘と言う)に住むのが多いが、交通上の便宜を図るため、都心部にあるハイクラス集合住宅またリフォームされた伝統住宅に住むのもある。中所得者は、ほぼミドルクラスまたハイクラス集合住宅に住み、居住形態が一番安定した集団である。低所得者は、主に多家族雑居伝統住宅またロークラス集合住宅(保障性住房)に住む。ロークラス集合住宅は基本的に政府により専用の敷地で建設されるが、時々民間デベロッパーが借地権を得る条件として、集合住宅(主にミドルクラス)の敷地内一部の住棟をロークラスにするので、混在するケースもある。ロークラス集合住宅はまた分譲(経済適用房)と賃貸(廉租房)の二つ種類がある。
中国の住宅の中には、大きい割合を占めしているのは集合住宅である。その中、多く家庭を収容できると目的したロークラスを除き、中所得者また一部の高所得者向き、住環境や設計を注視したミドルクラスとハイクラスを本研究の研究対象とする。
図2 現代中国都市部の住民と住宅類型の関係
3. 本研究の事例(表1)
本研究の事例として、北京・上海・広州・深圳などの大都市にあるプロジェクトの中に、最も注目を浴びた集合住宅計16件を選択した。対照の事例として、中国のプロジェクトと相当な規模がある日本の集合住宅計5件を選択した。
(1) 北京万科藍山
北京の東四環路(四番環状高速道路の東部)の内側に位置するハイクラス集合住宅である。デベロッパーは万科、建築設計は小林博人、景観設計は和計画コンサルタントである。五つの階段室型住棟で構成される。
配置計画は従来の形であるが、住棟内住戸ごとに対応する各自のアプローチは集合住宅で高いプライバシーやセキュリティーを実現した。また240㎡の住戸、きちんと設計された建築のディテールや豊かな景観も高級感を与える。
(2) 北京万科公園五号
デベロッパー「万科」による北京東四環のもう一つのハイクラス集合住宅である。建築設計はアメリカのGBBN Architectsである。八つの階段室型と片廊下型住棟で構成され、一部の住棟が商業施設と複合されている。色々の面から見ると、質は「北京万科藍山」より多少落ちたが、質の高い集合住宅と考えて良い。
(3) 北京建外SOHO
北京の東三環に位置するSOHO(Small Office Home Office)型の複合施設である。オフィス・商業施設・集合住宅によって構成された町では生活と仕事の両立を目指した山本理顕氏の作品である。デベロッパー「SOHO中国」の二番目のSOHOプロジェクトである。18個のコア型住棟、二つのオフィス棟と四つの店舗の棟を持つ真っ白な建築群は北京のCBD(Central Business District)のランドマークになっている。
(4) 北京三里屯SOHO
デベロッパー「SOHO中国」の七番目のSOHOプロジェクトである。隈研吾氏が設計した商業施設「三里屯VILLAGE」に隣接する彼のSOHO建築である。計画は典型的なSOHOと同じ、四つのコア型住棟と五つのオフィス棟で構成され、スカートビルは商業施設になっている。
(5) 北京万国城MOMA3期
デベロッパー「当代節能置業」により、北京の東二環にある絶好の敷地で開発されたハイクラス集合住宅の3期である。建築設計はディートマール・エベルレ、景観設計は株式会社タム地域環境研究所である。三つのコア型住棟の中では、デベロッパーの独自の技術を用い、設備による全ての環境要素を制御する試みが初めて展開された
(6) 北京万国城MOMA4期(当代MOMA)
「北京万国城MOMA3期」に続き、スティーヴン・ホールによる4期である。名前「リンクト・ハイブリッド」のとおり、八つの住棟と一つのホテル棟が地上60mの所でブリッジのような建築によって繋がっている。「橋」はそれぞれの機能が持ちながら、空中でもう一つの経路を造り出した。この設計は外観にも建築計画にも新しい概念を生み出した。また3期と同じ、人工的な建築環境も整備されている。
(7) 北京国融国際(北京モザイク)
迫慶一郎氏による北京の南の「義荘経済開発区」にある長く放置された複合施設のリノベーションである。元々はデパートの上に三つのオフィスビルが載せる複合施設であったが、建築全体に「モザイク」というモチーフを使い、デパートと住棟に新たなエントランスや動線を追加した。オフィスビルはワンルームマンションに、デパートはテナント毎に切り売りされた。
オフィスからリノベーションされた集合住宅のため、質の確保が難しく、低所得者向きのものになってしまったが、この事例はリノベーションのものとして、新築と立て替えしかない中国の集合住宅には大変珍しく、中国の集合住宅の発展にも特別な価値があると考えられる。
(8) 北京積木陽光公寓(北京バンブス)
迫慶一郎氏による北京の西四環にある四つの住棟とデパートの複合施設である。北京の東西南北の強い軸線に対し、敷地を覆う軸線を45度回転することにより、高密度の開発と隣り合う建築同士の立面の見合いや、北向き住戸の問題が解決された。住棟は2層を1単位としたスケーリング・ユニットが2mずつ「ずれ」ながら80mの高さまで積み重なっている。セットバック部分はテラスとして活用されている。約40㎡の住戸は近くの開発区に勤める人に向いている。
(9) 北京像素1期(北京ピクセル)
北京の東の郊外にある独身者・夫妻二人向き集合住宅である。建築設計は迫慶一郎、景観設計はアメリカのEDAW Architectsである。配置計画は「北京積木陽光公寓」と類似し、外側の住棟が45度回転された。建築申請は元々約5mの2層分の階高でしたが、実際は2層分施工するというトリッキーなメゾネットタイプの集合住宅である。このトリックにより、デベロッパーが巨大の利益を得た一方、他の集合住宅より相対的に安い価額で購入できるのもセールスポイントである。
約50㎡のメゾネットタイプの住戸は中国人のスケール感に対応し難く、経済力が弱い若者の一時的な居場所として取り扱われている。また、近年の建築基準法の修正により、申請と相応しない施工ができなくなり、この事例は絶版のものになる可能性が高い。
(10)北京奥林匹克花園1期
北京の東の郊外にあるミドルクラス集合住宅である。設計はオーストラリアの組織設計Thomson & Dunken Architectural Design Consultantsである。東五環の外側の立地というデメリットがあるが、0.96の低い容積率による良い住環境が実現できた。5階建ての階段室型住棟はフラットタイプとメゾネットタイプの住戸が持ち、建物と空きのバランスも取れた。1期と2期の間に敷地を分割した大通りは住民の生活広場になり、店舗・ランドスケープがきちんと整備される。
近年、土地利用の効率を向上するために、住宅地容積率に関する建築申請が修正され、住宅地容積率に1.1の下限が設けられた。この事例は低容積率の計画として独自の特徴がある。
(11)北京金融街金色漫香林5期
北京の南の「義荘経済開発区」に立地し、イギリスの組織設計Atkinsによる低容積率集合住宅である。住宅地容積率の基準が変わった後のプロジェクトなので、容積率が北京奥林匹克花園1期より若干増えたが、配置計画が類似したパターンである。住棟には、二つのメゾネットタイプ住戸が重なったユニットが特徴であり、地下のスペースを活用し、3層分が持つ下の住戸の計画も珍しい。
(12)北京龍湖地産長楹天街
北京の東の郊外にあるハイクラス集合住宅である。都心から離れている立地であるが、近い内に利用可能になる地下鉄6号線の駅に隣接する敷地なので、計画による新しいノートと商圏を形成することを目指すプロジェクトである。他の商業と複合した集合住宅と違い、敷地内独立した大規模な商業施設とコア型集合住宅が計画された。計画は六本木ヒルズの理念を参照し、設計も同じ設計者が担当した。六本木ヒルズの都市再生の意図と外れるが、この事例は中国の郊外住宅地の開発におけるインフラストラクチャーの整備として好例である。
(13)北京百子湾家園
北京の東四環にある低取得者向き集合住宅である。設計は中国の組織設計北京市建築工程設計公司である。一人当たり30㎡の平均居住水準を満たし、多く家庭が収容するという実用的な意図で各住戸の住環境の質を確保した周到な計画である。計画自体は特徴がないとはいえ、規模・配置・間取りなどの計画が典型的な中国集合住宅だと考えて良い。この事例は他の事例の対照物として本研究で取り扱われる。
(14)北京中信新城1期
北京の南の「義荘経済開発区」にある国営デベロッパー「中信集団」による集合住宅である。170haの敷地に段階でそれぞれのタイプの集合住宅を建設する予定である。規模はかなり大きく、一つのデベロッパーによる住宅地の開発だと考え、日本のニュータウンと比較するのは良い。
(15)深圳万科第五園1・2期
深圳に立地し、デベロッパー「万科」による開発された住宅地である。地元の民家を元に「中国式」住宅を造り出すという意図の計画である。伝統的な空間構成を転用し、現代の表現で変形した戸建て住宅・テラスハウス・集合住宅の三つのタイプの住棟がある。配置計画も集落を連想させる建物と自然要素の組み合いに工夫した。
(16)広州万科土楼公舎
広州にあるデベロッパー「万科」の集合住宅の敷地の一隅に建てられた実験的な集合住宅である。中国福建省の「客家」の民家より発想した住棟計画である。原型は同じ家族の成員が同じ建物の中で生活するための計画である。中庭が持つ円形の平面が均質に分割され、住戸毎に対して公平であり、内向性の配置も家族成員の間コミュニティを形成させる。この原型を活用し、低取得者向きの賃貸マンションを計画した。
本研究で取り上げた中国の事例は5割が図3が示したデベロッパーのプロジェクトである。この三つのデベロッパーはそれぞれの建築家と連携し、質のある集合住宅を建設しながら、集合住宅開発に対して各自の傾向もある。デベロッパー「万科」は良い住環境の高級住区を図ることに対し、デベロッパー「SOHO中国」は事務所・商業施設・住宅から構成する「SOHO」(Small Office Home Office)に努める。デベロッパー「当代節能置業」は前者ほど大手デベロッパーではないが、住宅において快適な人工環境を作る建築環境の技術がセールスポイントである。
図3 中国三つの大手デベロッパーと連携する設計者
(17)熊本県栄保田窪第一団地
(18)ネクサスワールド
(19)幕張ベイタウン
(20)岐阜県営住宅ハイタウン北方
(21)東雲キャナルコート
中国の事例は、主に外国人建築家と建築事務所による設計であり、また中国人の建築事務所と組織設計による設計もある。日本の事例は、日本の建築事務所と外国人建築家による設計である。これらの設計者の中に、中国と日本両方の事業を展開したり、お互に連携して設計したりするケースが少なくない。
図4は事例に関わる設計者の関連性を示す図である。建築設計には、建外SOHOを担当した山本理顕とC+A、三里屯SOHOを担当した隈研吾、デベロッパー万科集団の多いプロジェクトを担当した山設計工房、当代MOMAを担当したスティーヴン・ホールが中心になっている。景観設計には、和計画コンサルタントが重要である。これらの設計者の中国と日本の事例の対比により、中国と日本の集合住宅計画の差異即ち中国の集合住宅の特徴が判明できる。
図4 事例に関わる設計者の関連性
4. 現代中国の集合住宅の配置計画
(1) 配置計画の方向性
北京を代表する中国の都市には方向の概念が非常に強く感じられる。これらの都市は基本的に地形の制限がない平原型の都市であり、北部に位置して冬が厳しい気候帯の都市であり、また古代から造られた都市である。このような都市は太陽の方位や古代都市計画の規則により、東西南北の軸線で多く計画された。それ故敷地も規則的な四方形のものであり、敷地内の建築も方向性が持ちながら配置されている。
住宅において、方向の概念が「南向き」により強く表現されている。中国では、集合住宅が「住宅」と「公寓(マンション)」の二つの概念で区別される。日当たりや通風などの条件を満たしたものは住宅というが、それ以外のものは公寓に属する。これら条件に一番制限された要素は方向による日当たりの要素なので、簡単にいうなら南向きではない集合住宅は質が落ちた公寓だということである。この原因で、北京のような都市の集合住宅が南に面して配置されるのは普通の考え方である。
図5は北京万科公園五号と東雲キャナルコートの配置計画の対比である。二つの事例の敷地とも南北方向の長い四方形のものであるが、配置計画には公園五号(左)の住棟は多く南北方向に配置され、東西方向に配置されたのは公寓と商業が複合された建物である。それに対し、キャナルコートの住棟は均質に配置され、南北方向に対する意識が薄いと見える。
図5 公園五号(左)とキャナルコート(右)の配置計画の対比
(2) 配置計画の内向性
古代から伝えられてきた中国の建築計画の特徴の一つは敷地の内向性である。唐代の都城長安城の計画を例にする。東西南北の軸線の特徴が既に述べられたが、「裏坊制」による敷地の内と外の概念も明らかに見える。城壁で都城の境界をはっきり限定した上で、「坊」という単位で居住用ブロックを指定し、さらに壁で囲ませる。ブロック内に十字の道を造り出し、分割された四つの敷地に住宅を建てる。ブロックの種類によってスケールが結構違うが、基準としての十字型ブロックは現代中国都市のブロックと相当な規模が持っていた。(図6)
「坊」の概念は宋代から崩壊され、壁で囲まれるブロックがなくなったが、建物と壁で敷地の境界を示し、敷地内にコモンスペースを作るのは同じ考え方の続きだと考えられる。明代と清代の四合院はその好例である。
現代中国の集合住宅の配置計画の場合、住棟は敷地の境界線に沿って配置され、敷地の中心部に空きを設けるのは一般的である。また、セキュリティからの考えもあるが、敷地を壁やフェンスで囲ませるのはやはり中国人が空間の内と外をはっきり区別するからである。要するに、中国の集合住宅の配置計画は、都市全体に内包されながら、低いレベルの都市を新たに造ることであり、ブロック毎に外部と隔絶し、ブロック内で日常の生活を展開させることである。(図7)
図6 「裏坊制」による唐代長安城の計画
図7 北京像素1期の配置計画
(3) 配置計画の複合性
中国の集合住宅は敷地内で自立できるように計画されるため、インフラが均質で町に配置される日本に比べ、施設や緑地が集合住宅を拠点にすることも特徴である。基本的に住棟に複合するのは店舗である。敷地の境界に位置する住棟の地上階が店舗のスペースとして計画され、飲食・コンビニ・薬局・美容院など生活に関わるテナントが入っている。これらの店舗は集合住宅に属するが、町からアクセスできるので、開放性が持つ一部であり、集合住宅にある商店街のイメージである。
また通勤の便宜を図るため、近年仕事の場と生活の場を同じ地域にするという考え方も生み出された。計画として、敷地に住棟とオフィス棟を別々に配置するか、或いは一つの住戸に生活と仕事の機能を両立させることが主な二つのパターンである。
図8は北京建外SOHOの配置計画である。敷地に住棟とオフィス棟を配置され、住棟のスカートビルの部分は店舗になり、住戸は生活機能つきのスモールオフィスに計画された。計画全般は高度複合施設であり、中国にSOHOの概念を取り入れたほぼ初めてのプロジェクトである。(図8)
図8 北京建外SOHOの配置計画
(4) 配置計画の集中性
中国の集合住宅の複合性により、外部の人の利用は住人にの影響も生じると考えられる。動線を管理するため、外部から利用できる機能と住む機能の関係も計画に反映する。図9は北京万国城MOMA4期の配置計画である。映画館とホテルを中心にした地上階の施設は外部に対しても営業するので、敷地南のサブエントランスに集中し、住民のみが利用する施設と緑地は北の空きまた空中のブリッジのところに集中する。
図9 北京万国城MOMA4期の配置計画