序
0-1 研究の背景と目的
近年、世界的に地球環境と人間社会との共生の在り方が問い直されるようになった。特に環境保全において建築の分野でも、各地域における固有の風土の特性を活かし、適応していくような環境形成の在り方が求められている。スイスはサステイナブル建築の分野で様々な先進的な取り組みを行っており、特に住宅の表層に関して、スイス固有の環境や地域性とサステイナブルな技術が色濃く反映されている。現在、スイスの現代住宅が雑誌等各メディアにおいて、周辺環境の対応などといったデザイン的な側面と技術的な側面に関して、それぞれを取り上げ、論じられているものはあるが、デザイン面と技術面を統合した観点から建築を評価しているものは見られない。建築のデザインと技術を接続して先端的な建築を評価することは、今後サステイナブル建築の新たな価値を確立するにあたって重要である。スイスの建築の表層は、厳しい気候とエネルギーコードのなかで断熱・気密性等の環境性能を確保する技術的な課題と、スイス固有の周辺環境へのデザイン的な課題の両立という問題を持っており、その問題解決の手法にデザインと技術の統合性が現れていると考える。本研究では、スイスの現代住宅を対象とし、デザイン的な観点と技術的な観点の双方の観点から対象事例の表層について分析し、スイスの現代住宅の特徴を明らかにすることを目的とする。
0-2 対象事例と研究方法
本研究では、スイス国内の現代建築において居住の機能を持つ58作品を研究対象とする。対象事例の各種図面、写真、作品の解説文等からデザインの主題を明らかにし、さらに断面詳細図を用いて技術的観点と合わせて分析を行うものとする。
0-3 既往研究および本研究の意義
建築の表層に関する意匠・計画分野の既往研究として、オフィスビルの技術と意匠に着目して、断面構成と設計意図についての関係性分析した横山・奥山の研究、また外皮のサステイナブル性に着目し、デザインと技術の統合性について考察した大津の研究がある。国外の住宅を対象として、デザイン的側面と技術的側面の双方の観点から建築事例を考察するものは見られなく、今後求められるエコロジーな建築を検討するうえで、重要な視座のひとつを提供できるものといえる。
1.スイスの基礎的研究
スイスは、丘陵や山岳に囲まれた多様な自然環境を持ち、国土の中でも気候・風土の環境条件が大きく異なる。スイスの主要な都市部は、中央高原地域に属し、比較的気候も穏やかである。対してジュラ山脈やアルプス山脈地帯の山岳部は、冬は寒冷な気候下にある。また、このような環境条件に合わせたスイス独自の省エネルギー建築基準「ミネルギー」があり、快適な温熱環境、ランニングコストの削減、低炭素社会に対応した建築を実現している。
2.デザインの主題
ここでは、対象事例からスイスの現代住宅におけるデザインの主題について明らかにしていく。
2-1 地域による分類
スイスは1で示したように、地域によって建築の周辺環境が大きく異なる。この節では、便宜上対象事例の地域による分類を行う。中央高原地域のチューリヒ・ベルン・ジュネーブ、またジュラ地域の北端に位置するバーゼル等のスイスの主要都市部の密集地に位置する事例を「都市部」、都市部から離れた郊外や、ジュラ地域、アルペン地域の山並みに抱かれた山岳地域に位置する事例を「山岳部」として、全事例を2つに分類する。全58事例中、都市部に該当する事例は27作品であり、全体の47%の割合を占めている。対して山岳部に該当する事例は31作品であり、全体の53%の割合を占めていることが分かった。
2-2 デザインの主題の抽出
2-1の地域による分類を踏まえた上で、対象事例の外観写真、配置図及び航空写真、補助的に解説文等から、表層に関するデザインの意図を抽出し、さらに類似した意図の内容から5つのデザインの主題の項目に分類を行った。(表2)「A.自然環境との対応」は、山並みや、河川、緑地などの周辺の自然環境に対応する内容である。「B.人工環境との対応」は、周辺の既存建物や街並みなどの環境に対応する内容である。「C.眺望の確保」は、周辺環境のの風景に対して視界を確保する内容である。「D.イメージ・理念の表現」は、表層自体のイメージ表現に関する内容である。「E.地域の伝統」は、伝統的建築様式や色遣いに関する内容である。
2-3 デザインの主題の傾向
事例全体では、「C.眺望の確保」の占める割合が最も大きく、次いで「A.自然環境との対応」の割合が大きかった。都市部のデザイン主題に関しては、「B.人工環境との対応」の割合が大きく、山岳部では、「A.自然環境との対応」の割合が大きいといった明確な違いが見られた。(図2)また都市部と山岳部のデザインの意図の内容の違いとして、「A.自然環境との対応」のデザインの主題に含まれる「山並みとの調和」のデザインの意図は山岳部の事例にしか見られず、山岳部固有の重要なテーマであると考えられる。
3.表層の断面構成
3-1 分析方法
対象事例の表層の断面構成に関して、分類・分析を行う。表層を外壁と開口部を組み合わせによって捉え、対象事例における表層の断面構成を、内部空間と外部空間の境界面を形成する面(0レイヤー)を基準とし、それより外側の部位(外レイヤー)、内側の部位(内レイヤー)の層の構成として捉える。また、断面構成を分類するにあたってレイヤーの複層性、構造種別、断熱方法、素材について着目する。
3-2 断面構成の分類
表層の断面構成をS1~S20までの計20種類に分類した。外壁の構造形式に関して、S1~S6までがRC躯体、S7~S10までが組積造躯体、S11~S12までが木造躯体、S13が組積造とRC造の混合躯体である。S14~S15は開口部のみで成立する表層と捉えた。外壁の断熱方法として、S1、S2、S7は断熱材の付加はなく、躯体自体に断熱性能の高い素材を用いている。S3、S4はRC躯体の内断熱工法を用いている。S5、S6、S9、S10は外断熱工法であり、S6、S9は断熱材と外装材の間に通気層を設けている。S11、S12は木造内断熱工法である。開口部に関して、0レイヤーを形成するガラス面のみ、外ブラインドを付加しているもの、内ブラインドを付加しているもの、外ブラインドを2つ付加しているもの、内外ともにブラインドを付加しているもの、2枚のガラス面の内側にブラインドを内包しているもの、ダブルスキンに加え内側に2つのブラインドを付加しているものが見られた。
4.総合的な考察
2、3の論考を踏まえて、対象事例のデザインの主題と表層の断面構成の相関関係について分析し、デザイン的側面と、断面構成から読み取れる技術的側面の2つ観点から統合的に考察を行う。
デザインの主題と表層の断面構成のタイプの対応関係についてまとめデザインと技術の統合として捉えられる表層をグループ化した。
グループとして「①近代的なガラス表現と山岳部の環境対応の技術の統合」、「②存在感を持つ構造表現と山岳部の環境対応の技術の統合」、「③木材と金属による外装材表現と山岳部の環境対応の技術の統合」、「④近代的なガラス表現と都市部の環境対応の技術の統合」、「⑤ブラインドによる表現と都市部の環境対応の技術の統合」、「⑥多様な外装材表現と都市部・山岳部の環境対応の技術の統合」がある。特に山岳部の寒冷な気候条件のもと、周辺環境との調和をデザインの課題としている表層にスイス固有のデザインと技術の統合が現れている。①(S14)は、山岳部の自然環境において、近代的なガラス表現による山並みとの対比と映り込みによる景色との調和をしているデザインであり、室内の環境性能と風景への眺望を確保を太陽光集熱ガラスという特殊な素材の使用によって実現している表層である。②(S1・S3・S13)は山岳地域特有の自然環境に対して、コンクリート打放しや石の自然的な材料による構造躯体の表現によって風景との同調を図る外部からのデザイン的要請と、厳しい自然条件の中で、眺望の確保、室内の断熱・気密性といった環境性能の保証を図るという内部からの要請に対して、特殊な断熱コンクリートの使用、分厚い外壁の形成、彫の深い開口部という手法を用いて、デザインと技術を統合して成立している表層である。③(S11・S12)は木造の内断熱構法の外壁であり外装材には木材と金属類の外装材が用いられる場合があるが、熱伝導率の低い木材の外装材によって断熱性能の向上、あるいは耐久性の高い金属素材によって躯体の保護をしながら山岳部の周辺環境との同調や対比を図るデザインを実現している。さらに木造プレファブ構法によって気密性・断熱性の性能を確保しながら山岳部での困難な現場での施工の効率化をしている表層である。これらの表層においてスイスの気候風土に根差した特有のデザインの要請と環境に適合するための技術の統合を見出すことが出来る。またスイスの山岳部において、夏期は冷涼な気候環境であり冬期の寒冷な気候に対応した気密・断熱性能をクリアしていれば空調設備を必要としない。そのことによって建築の表層に室外機や設備配管等の要素が表出せず山岳地域の自然環境との調和をより純化する美しい表層を可能としている。
5.総括・展望
スイスの現代住宅において、山岳部の自然環境との調和をしているものに固有な特徴がある。山岳部での冬の厳しい気候条件において、建築の断熱性能を確保することは最重要である。そのような厳しい環境条件の中にあって、環境性能と山岳部での雄大な自然環境とのデザインの調和を図るため、スイス固有のデザインと技術の統合による表層が実現している。