M2黒坂です。僕の研究テーマは『近代化産業遺産の保存・改修に関する研究 ―新町紡績所の改修計画―』で、リノベーション・コンバージョンを通して地域の再活性化を図る設計をしていきたいと思います。
1.背景と目的
現在、地球温暖化等の環境問題、また世界規模の経済的問題などの背景により、サステナブルやローコストといった観点から建築のコンバージョンやリノベーションというものが日本国内でも重要視されています。
日本には、戦後の近代化を支えた産業遺産が数多く残されており、その中には工場や倉庫といった歴史的価値のある建築物もあり、それらには地元保存会が存在します。保存会の働きにより建築物を残すことはできているが、有効利用は出来ていないというのが現状であると考えられます。また、産業化時代に工場と共に成長し、活発であった地域が工場の衰退と共に衰退していったというのも事実です。
以上の背景から、コンバージョンすることにより衰退した地域の再活性化を図り、地元保存会の方との意見交換によるリアルな意見を取り入れた設計をし、保存会や企業側へ提案することを本研究の目的とします。
2.研究対象と方法
2-1.研究対象
2-1-1.新町紡績所(群馬県高崎市新町)
「近代化産業遺産群33」に認定された産業遺産で、明治時代に内務省勧業寮屑糸紡績所として開設された官営模範工場。現在はクラシエフーズ(旧・カネボウフーズ)の所有。
現在クラシエフーズの所有している敷地内には、創業時の木造工場を始め、明治30年代のレンガ倉庫、40年代の木造のこぎり屋根工場、大正~昭和期と思われる鉄筋コンクリートののこぎり屋根工場、変電室など歴史的な建物が数多く残っている。
よみがえれ!新町紡績所の会という保存会が存在し活発な保存活動がなされています。
2-1-2.よみがえれ!新町紡績所の会
新町紡績所(旧内務省勧業寮屑糸紡績所)の歴史的価値を再認識し、その周知啓発を行うとともに、新町紡績所の保存のための運動とその活用を推進することを目的として、2005年9月17日会員数約460名で正式に発足しました。
富岡製糸場など県内の絹産業遺産と共に世界遺産登録を目指して活動中です。
2-1-3.群馬県の絹産業遺産
群馬県は「シルクカントリー」とよばれるほど絹産業が盛んに行われてきた県で、現在でも数多くの絹に関わる産業遺産が数多く残されている。中でも有名なのが富岡市にある富岡製糸場で、富岡製糸場を中心とした絹産業遺産群として世界遺産の登録を目指す活動が県で活発に行われています。
本研究で対象に挙げている新町紡績所も世界遺産暫定リストの候補に挙げられたほど価値のあるものです。
2-1-4.高崎市・新町について
新町は元々、紡績所と自衛隊によって栄えた町で、紡績所が町のシンボルであったが、紡績業が停止すると共
に、町自体にも活気がなくなり衰退していきました。
平成18年に高崎市に合併され、現在はいわゆる住宅地であり、高崎市は交通の拠点として重要な役割を持っています。
2-2.調査方法
現地での見学調査を行い、また、保存会や企業側との意見交換を繰り返すことにより、その結果を研究・設計にフィードバックしていきます。その経過をドキュメントとしてまとめます。
3.調査結果
3-1.現地見学1(2010/12/06)
今回の見学では保存会の方の説明の下、現存する建物を一通り見て回りました。
・工場主屋、木造ノコギリ屋根工場
創業時のコの字型木造工場の内側にノコギリ屋根工場が増設されました。
西洋から取り入れられたトラスの小屋組みが用いられています。
ノコギリ屋根は北方光線で、一日中光線の色が変わらないので、繊維関係の工場で用いられました。
・レンガ倉庫(明治30年)
原料繭倉庫として建築され、のちに製品倉庫として使われました。装飾が多く見られます。
・原料繭倉庫(明治末~大正)
上部は木造で基礎はレンガでアーチを組んでいます。
中央には延焼を防ぐ防火壁が設けられています。
・そのほかに大煙突跡、ボイラー室、動力室、変電所、工作室等がほぼ当時のまま残されています。
3-2.保存会の会議への参加(2011/04/18)
保存会へのアポイントも兼ねて、保存会の定期会議に参加し、現在、保存会がどのような動きをしているかを調査しました。
現在は、紡績所に関する資料から、紡績所の歴史や概要などを読み取り、冊子を制作しているとのことです。会員は紡績所時代のOBの方がほとんどでした。
3-3.現地見学2(2011/05/25)
二度目の現地見学では、周辺との関係についても調査しました。敷地の周囲はほぼ全面塀で囲まれており、四方位のうち二面が別の工場施設に接している、このため、とても閉じ切った印象を受けます。
3-4.保存会との意見交換(2011/06/15)
今回は、新町の特徴・紡績所の今後についての保存会の考えについて意見交換をしました。
まず、保存会としては紡績所の素晴らしさを世間の人に知ってもらい、それをアピールできるように使われることを望んでいるようです。また、新町及び高崎市は主要国道や高速道路、新幹線に鉄道と、各種の交通が密集しており、交通の拠点となっています。このことから、観光の拠点となるポテンシャルを持っているといえます。
3-5.企業側との意見交換(2011/06/30)
世界遺産登録の活動がされていたときに売却案が出ており、図9のような案でした。このときのいちばんの問題点は排水処理施設の移設に膨大な費用がかかることでした。
前回の世界遺産登録では、暫定リストに入ることは叶わなかったが、市長が変わり、また世界遺産登録活動が活発化すると思われます。そして、その時には企業としても売却を積極的に考えています。冷菓工場の製造は止めることなく、一部売却で、工場施設との共存という形になります。
4.設計提案
前述した売却案の問題点(排水処理施設の移設・特に保存されるべき施設が売却エリアに入っていない点・アプローチ)を解決した売却案を新たに提案する。売却エリアに含まれている事務・倉庫施設は売却されないエリアに移設。
この売却案を元に今後の設計を進めていく。
具体的な用途としては、資料館・観光案内所・道の駅といったものをメインに考えている。
9月12日(月)
上記新売却案をもとに設計したマスタープラン及び、紡績所母屋内部の設計案を『よみがえれ!紡績所の会』の方々にプレゼンさせていただきました。
プレゼンに対して会の方から出た意見は、
・リピーターを増やすことが求められる。そのためにもレストランやカフェなどの地元の人がフラッと立ち寄ったり、休憩できる用途が、入場料を払わず使えるような配置が良いのではないか。
・当時使っていた紡績の機械を農家の方で未だに持っていて、処分に困っているとのこと。そのような機械を展示し、また体験できるようなコーナーがあると子供の社会見学などにも使えて良いのではないか。
・駐車スペースについて、バスがたくさん来ることを考えると、国道17号線から直接入れる側の入口(図10の左側の▲)が使えたほうがいい。
・街の名物名所をもっと巻き込んだ提案にしたい。(川端家住宅、ガトーフェスタハラダなど)
などが挙がりました。
これらの意見を参考にまた具体的な設計を進めていきたいと思います。
それからプレゼンの際、建築の専門用語に対して意味を問われる部分があったので、一般の方にもわかりやすい言葉のチョイスにも心がけたいと思います。