1.はじめに
1-1 研究の背景・目的
都市に建つ建築は都市と相互に何かしらの影響を持っていると考えることができる。建築を設計するときにその影響について把握することは非常に重要なことであると考える。街路空間の視覚的な開放性について考えたとき、そこに建つ建築のファサードが視覚的に透明なのか不透明なのかということは大きな問題であると考えられる。18世紀、ジャンパディスタ・ノリは都市を図と地(白と黒に塗り分け)で現した。この図は建築を都市空間を規定する地と捉えることで、都市空間が図として浮かび上がることを示した図であり、都市と建築が表裏一体の関係にあることがわかる。このように建築は都市の街路空間を規定する輪郭と捉えられてきた。 しかし実際の体験では、視線はガラスを透過し、街路から見ることのできる建築内部の領域も考慮すべきである。街路空間はさまざまな手法を用いて記述されてきたが、実際の視覚体験を記述する方法は十分とはいえない。また東京の街路空間の開放性は様々な視点から語られているが、ガラスの透過性を考慮した研究は少なく検討が十分とはいえない。 本研究ではガラスの透過性を考慮しながら三次元的な街路空間の開放性と建築の視覚的関係を考える事により、実際の都市に近い状態の記述を試みる。 そのために街路空間から可視状態にある建築内部の領域を内部可視領域と定義し、数値化されたコンテクストとして表すことで街路の開放性を可視領域という観点で把握し、街路の開放性と建築の関係について再解釈を試みる。同時に可視領域及びその量という観点から街路空間の多様性を記述することを本研究の目的とする。 またこれまで多く考えられてきた建築をマッシヴな塊として捉えた街路空間の開放性に対して、ガラスの透過性を考慮した街路空間の開放性を比べることで、これまで記述されてきた街路空間の開放性と実際の体験とのずれを記述することを、本研究の目的とする。
1-2 文献・既往研究
有馬ら1)は 立体的な街路空間の定量化を行うことで、都市空間の変容を視覚的のみならず、物理的に捉えることで良好な市街地環境を形成するための足掛けとし、容積率制限、高さ制限といった形態制限が街路空間に与える影響度やその有効値を把握し、高容積、高開放性の街路環境を導くことを目的とした研究を行なっている。 また、近藤ら2)は 開口部による建築物内部と外部の視覚的な連続を考慮に入れて空隙を測ることにより、歩行者の空間体験に近い視点から、通りに面した開口と開口のガラスを介して通りに接続するインテリアが通りに対して持つ効果を測定した。この考えを適用すると表参道のような街路における歩行者の周りには街路に直行する方向にガラスを介した空間が広がっていることがわかる。都市空間を建築の内部まで拡張して把握する考え方をしている。 これらのように今まで街路空間の視覚的開放性を分析した文献や研究は多く見られるが、平面的のみを扱うものや、三次元的な考え方をしつつも建築はあくまでマッシブな塊として扱うものなど、街路空間の視覚的開放性を語る上で情報が十分でない研究が多い。本研究ではガラスの透過性を考慮しながら三次元的な都市と建築の視覚的関係を考える事により、実際の視覚体験に近い状態の記述を試みる。
2 調査
2-1予備調査
まず予備調査として東京の代表的な11街路を散策し、撮影、分析を行い、その特色と街路空間の視覚的開放性の要因についての考察を重ねた。予備調査により街路と建築の視覚的な関係は街路の幅員とファサードの開口、建築の階高が街路空間の視覚的開放性を規定する大きな要因になっていると考えられた。幅員は大きいほど高い階の奥行きが見える。ファサードはオフィスならば上層階まで均質に開口が開いていたり、商業であれば下層階が大きく開かれていたりと用途によって特色が現れやすい。階高は古い建築や住宅は階高が小さく、新しい商業建築などは階高が大きいといったような特色が見られる。
街路に建つ建築のファサード
2-2 研究の対象
予備調査の中から様々な街路環境を把握できるように規模や用途、幅員の異なる7街路を分析対象として選定した。以下で対象街路の範囲と特色を述べる。
1)キャットストリート この街路は小さな木造住宅と開口率の高い商業建築が混在して立ち並ぶ街路で原宿から渋谷側に向かって建築の大きさが大きくなる街路である。
2)月島西仲通商店街 この街路は2〜3階建ての長屋が多く建ち並ぶ中に再開発による高層マンションが数棟建っている。地上階はもんじゃ焼き屋などの特徴のある店舗が並んでいる。
3)新宿靖国通り 10階程度の建物が多く立ち並び、歌舞伎町に隣接するために商業が盛んで看板や広告などによって雑多な印象をもつ街並みである。
4)新橋日比谷通り この街路は10階程度のオフィスが多く立ち並び、均質な街並みを作り出している。地上階はエントランスや商業で大きく開け放たれたものが多い。
5)銀座中央通り この街路は銀座の商業の中心であり、大きなデパートからファッションブランドの旗艦店など特色のある建築が多く立ち並んでいる。新橋と幅員と容積が同じである。
6)丸の内仲通り この街路は、1970年代の100尺規制に沿う中層建築と超高層建築が密集している幅員の小さな通りである。低層は商業、上層はオフィスが入っていて、超高層建築は高さ30mでファサードのデザインが切り替わる。
7)西新宿ニ丁目 この街路は日本の中でも最も古くから超高層建築が建ち並ぶ街路であり、建築の周囲に大きな空地が取られている。役所やホテルといった開口率の低い建物が多い。
2-3 用語の定義 本研究で扱う用語についての定義を行う。
1) 建築によって規定される建築外部の可視領域を外部可視領域と定義する。
2) 建物に対して幅員の反対側から見ることのできる建築の内部領域を内部可視領域と定義する。
3) 1)と2)領域の和を総可視領域と定義する。 1)、2)、3)の領域において、人が動作を見分けることのできる最大とされる視点から半径135mの範囲を分析の対象として扱う。
領域の概念図
2-4 可視領域の3Dモデルの作成
1)連続立面写真の作成 分析対象の街路の写真を撮影し、連続立面写真を作成した。
2)ファサードのトレース 連続立面写真からファサードの外形と透明ガラス部分をトレースし連続立面図を作成した。
3)断面図を用いた内部可視領域の抽出 全ての建築の簡易的な断面図を作成し、街路の反対側から見た時に見える範囲を抽出した。
4)3Dモデルの作成 3Dモデリングソフトを用いて2)と3)の情報を3次元化することで外部可視領域、内部可視領域の2モデルを作成した。
銀座の可視領域モデル
これ以降、街路単体を扱うときは幅員を挟んだ片側ずつを調べ、両側の比較を行うことでより精細な街路体験の分析を行う。街路同士の相対的な比較を行う際は両側の平均値を扱う。
3 鉛直方向の分析
作成した可視領域モデルをもとにある高さにおける可視領域の水平断面を求め、その面積を算出することで高さごと可視領域がどのように変化をしているのか特徴を明らかにする。分析する高さはGL+1.5mを起点として4m毎にとる。
3-1 街路単体の分析
1) 可視領域の垂直方向の変化 抽出した可視領域の水平断面を高さごとに並べて視覚的にその形状の変化を把握できるようにした。
2) 単位長さあたりの高さごとの可視面積 街路別に可視領域の鉛直方向ごとの水平断面の内部可視面積と外部可視面積とその和である総可視面積を街路長で除することで、単位長さあたりの高さごとの可視面積を求める。総可視面積に占める内部可視面積の割合を求め、内部可視面積のみを見ることで街路上の建築のファサードの占める開口率の影響を把握する。
各街路の高さごとの透過領域
各街路の高さごとの可視面積
3-2 街路の相対的な分析
3-1で求めた各街路のデータを相対的に比較分析することで各街路の特徴を明らかにする。 3-2-1総可視面積の比較 各街路の単位長さあたりの高さごとの総可視面積を重ね合わせて各街路の相対的な位置づけを明らかにする。 このグラフを見ると、対象の7街路を4つに分類することができた。
a) キャットストリートと月島は幅員が小さいために地上レベルの値が小さく、9.5m-13.5mを超えると建物の軒高より高くなって値が上昇する。
b) 新宿、新橋、銀座は地上部の開口率が高く、建築面積も大きいため地上レベルは値が大きく、13.5mまで急激に減少し、 13.5mを超えると30-40mで値が上昇する。
c) 丸の内は建築面積が大きく地上レベルは商業が入り開口率が高いので1.5mの値が大きく5.5mまで急激に減少し、90mまで値がほとんど変化しない。
d) 西新宿は建築周辺の空地が多いために地上レベルの値が最も大きく、5.5mまで値が急激に減少し、17.5mまで値がほぼ変化せず、その後緩やかに減少する。
これらの傾向は街路幅員の大きさと建物の高さ、さらに地上 レベルでは内部可視面積の影響も見られる。内部可視領域は開口率が高く建築面積の大きい建築が立ち並ぶ街路ほど大きい。
3-2-2内部可視面積の比較
各街路の単位長さあたりの高さごとの内部可視面積を重ね合わせることで各街路の相対的な位置づけを明らかにする。 グラフを見るとどの街路も同じような増減の傾向であることがわかるが、1.5m地点では値が異なり3つに分類することができる。
a’) 10㎡/m程度のもの、
b’)20-30 ㎡/mのもの、
c’)45㎡/m程度のものである。
これは街路長に対する建築面積の大きさが要因であると考えられる。 西新宿は地上階が商業でなく地上部の開口率が他の街路よりも低くなっていて新橋や銀座と同じくらいになっている。また、キャットストリートと月島を見ると、1.5mではほ同じ値であるが5.5m-17.5mではキャットストリートの方が値が大きい。キャットストリートは2、3階まで商業が入っていて開口率が高く、月島は地上階のみが商業であり2、3階の開口率は低いことが要因として考えられる。このように内部可視領域の比較から街路幅員と用途に起因するファサードの開口の差異が読み取れる。
4計測点ごとに見た可視領域の鉛直断面
街路上に15m間隔の計測点を定めて計測点ごとにの可視領域の鉛直断面図を作成し、形状を分析することで各街路の可視領域の変化を把握する。
4-1 街路単体の分析
1) 計測点ごとの総可視面積 各計測点において外部可視面積と内部可視面積を求め、計測点上の総可視面積を求める。
2)計測点ごとの可視面積の変化 隣接する計測点間での可視面積の差の絶対値を変化面積として街路の可視面積の増減の特徴を分析する。
計測点ごとの断面図
計測点ごとの総可視面積(赤)と内部可視面積(青)の変化
4-2 街路の相対的な分析
4-2-1 内部可視変化の傾向 4-1で求めた街路別のグラフの形状を3-2でもとめた傾向別に比較することでファサード開口部や建築外形との関係を考え、用途との関係を考える。相対的に比べることで各街路の変化の特徴を把握する。キャットストリートと月島の総可視面積が同じくらいの場所を見ると、内部可視面積は住商が平面的に混在するキャットストリートの方がばらつきがある。同じく銀座と新橋を比べると銀座のほうが大きく変化するものが多い。新橋は業務地で開口が均質に並んでいて、銀座は商業地で多様な開口が並んでいることがその要因として考えられる。このように内部領域の変化は街路上に建ち並ぶ建築用途の影響が反映される。これらの分析から用途の開放性への影響は商業、業務、住居の順に大きく、建築の開放性の変化の大きさ商業、業務、住居の順に大きいことがわかった。
4-2-2計測点ごとの可視面積と変化面積の平均値 各街路の計測点ごとの可視面積と変化面積の平均を求めることでそれぞれの値に対応する開放性及びその変化の大きさを相対的に位置づける。
1)総可視面積の平均である平均総可視面積を求める。この値は各街路の水平方向の街路の開放性の大きさを示す。
2)総変化面積の平均である平均総変化面積を求める。この値は水平方向の街路の開放性の変化の大きさを示す。
3)内部可視面積の平均である平均内部可視面積を求める。この値は水平方向の建築の開放性の大きさを示す。
4)内部変化面積の平均である平均内部変化面積を求める。この値は水平方向の建築の開放性の変化の大きさを示す。
5終わりに
5-1まとめ
これまでの分析で得た各街路の相対的な位置づけを表にまとめることでその特徴を明らかにした。(表3)
1)街路空間の内部可視領域は地上レベルから高さ30m程度まで広がり、地上レベルだけでなく高さ方向へも特徴が見られる。建築面積と用途による開放性が値に影響すると考えられる。
2)街路空間の内部可視領域の水平方向への変化は街路上の建築の奥行きとファサードの開口の影響が大きくこれは用途が建築ファサードの開放性に反映されたものである。
5-2 総括
1)可視領域とその量を求めることで街路空間と建築の視覚的な関係を面積といった物理量で把握することができた。都市空間の視覚体験の一端を可視化し共有することが可能になったと考えられる。
2)可視領域を面積という物理量で求めたことにより、街路単体では物理的な特徴を具体的に求めることが可能になり、また街路ごとでの比較が可能となって位置づけが明らかになった。これによって各街路の建築ファサードの開放性と都市の開放性との関係が考えられるようになった。
3)各街路の相対分析を行うことで可視量とファサードや建築の奥行きといった建築の要素を関係づけることが可能になり、街路空間と建築の関係の一端が明らかになった。
5-3今後の展望 本研究では対象を街路空間と大きくとったため分析上、いくつかの要素を除外した。まずファサードを透明か不透明の2種類に分類したが実際にはルーバーなどの装置を付加したものやガラス自体にプリントを施した半透明な状態もみられた。 また本研究の分析手法は街路上の建築を正面から見たときに限定したものであり、街路の進行方向への分析を行うことでより実際の体験に近い開放性の状態を記述できると考える。 また、本研究で扱う開放性はガラスが透明であることを前提としたものであり、開放性を示す可視領域という指標はあくまで物理的な領域として示したものである。つまり開放性が高いことが快適性の高さに直結している訳ではなく、アンケートなどを用いて人がどう感じるのかも検証するべきであると感じた。そして、可視領域という指標を街路ごとに相対的に比較することで各街路の位置づけを明らかにしたが、今後は絶対的な指標についても考えるべきであると考えている。そうすることで新たに都市を想像する時にも可視領域という指標を応用することが可能になるであろう。 また分析で都市の開放性と建築の要素との関係の一端を明らかしたが、その解像度はまだ低く建築単位での考察を深めるべきと考えている。そうすることで建築が都市にもたらす開放性を把握し、ファサードや建築断面の都市への影響を考慮した設計が可能になると考えている。例えば建築に対する内部可視領域の大きさの割合を都市のデザインコードとして提案することで、どの建物でも一定の開放性をもった街路を作ることができる。本研究では建築の断面図を全て単純な積層なものとして扱ったが、実際には街路面からスラブがセットバックしている事例も見られた。街路面からのセットバックは建築の街路に対する開放性に大きな影響をもたらす操作であると考えられ、スタディの余地があると考えられる。
以上より本研究はガラスの透過性を考慮した街路空間の開放性を把握する上で有効な手段であると考え、街路空間及び建築の質の向上のための手がかりになると考えている。
参考文献
1)有馬隆文ほか(1997):可視領域に着目した都市街路の開放性に関する研究 -大分市街路におけるスタディ-
2)近藤怜ほか(2005):ガラスの透過性を考慮した 街路空間の広がりの定量的分析
3)柳沢一希ほか(2003):視覚情報の氾濫する都市空間 の距離