B4の石川です。2023年春学期に取り組んだ研究内容について報告いたします。
0.序章
0-1研究の背景
戦後のマスハウジングにより建設された団地は、建物の老朽化や住民の高齢化、近年では空き家率の増加が問題となっている。当初の団地再生では主に建て替えによるものが多く、これは日本の法体系が新築を前提に考えられていたことや建物の老朽化を一新するのが要因とされている。しかし建て替えとなると環境への負荷や解体での費用が生じることから、リノベーションによる団地再生へと移行している。
0-2研究の目的
近年団地の空き家率が増加傾向にあること、また社会的にも少子高齢化による住宅ストックの増加が見込まれるため、団地コンバージョンでのストック活用に着目する。
UR都市機構では団地ストックの有効活用するため実験的に「ルネサンス計画」を推進している。この計画では団地リノベーションにおける規制緩和のため試行錯誤がなされ、認められる段階まで来ている。団地のコンバージョンも今後期待されるため、本研究では日本の団地コンバージョン事例と海外の団地コンバージョン事例を分析し、団地ストック活用の将来性を追究していく。
0-3研究の位置付け
0-3-1住宅へのコンバージョン
日本でのコンバージョンの多くは用途後を集合住宅とする事例が多い。特にオフィスビルからの転用が多く、主に空き室が増加していること、また都心での定住を目的としていることを理由としている。しかし、住宅ストックの増加が今後課題となる中で住宅への転用はストック数を加速的に増やすことを意味するため、住宅から別用途へのコンバージョンを検討する必要がある。
0-3-2住宅からのコンバージョン
一方、住宅から別用途にコンバージョンした事例は戸建住宅や民家、倉庫といった規模のものは見られるものの団地をコンバージョンした事例は日本では見られなかった。以下の点が要因である。
・用途地域等の法規上の問題
・床の積載荷重による構造上の問題
・改修によるコスト面での問題
これらを考慮し集合住宅では大規模なコンバージョンではなく、部分的なコンバージョンが行われている。本研究では団地の部分的転用での再生手法の分析に取り組むことと位置付ける。
0-3-3 海外の団地コンバージョン
海外でも日本と同様に団地再生が取り組まれている。特にヨーロッパでは戦後のマスハウジングにより供給過多となった住宅ストックを有効活用するべく様々な取り組みが行われており、日本よりも先行して団地のコンバージョンを実施している。そのためヨーロッパの団地コンバージョンを分析し、日本とヨーロッパとのコンバージョンに対する意識の違いや住宅ストックの活用法の違いを考察する。
0-4研究方法
- 団地コンバージョンを考察
- 日本での団地コンバージョン事例の分析
- ヨーロッパでの団地コンバージョン事例の分析
これらを研究することでこれからの住宅ストックの改善策を追求していく。
1.団地コンバージョンの考察
- 日本のコンバージョンに対する法規
建物用途を変更して特殊建築物にするには、規模が200㎡未満の変更、もしくは類似の用途で行われる場合を除き、用途変更確認申請の手続きが必要となる。
1-2 各用途へコンバージョンする上での留意点
コンバージョン後の主な用途として宿泊系、事務所系、店舗系、福祉系の4点が挙げられる。これらの用途にコンバージョンを行ううえで考慮するべき点は以下の通りである。
宿泊系
・都市計画などによる規制に加え、旅館業施行条例や建築基準条例などによる規模・立地規制あり。
・防火、避難計画、受水槽の容量など法規制による構造・設備の制約も多い。
・固定費(人件費、家賃、水道光熱費、備品費など)も多い用途なので計画初期で最大客室数と改修コストを把握する必要がある。
・運用上、大型のリネン車の駐車場と動線を確保する必要あり。幅員の狭い道路で一面道路の敷地は避けるのが無難。
事務所系
・確認申請が不要なため転用後の用途として選ばれることが多い。
・事務所系用途は求められる積載荷重は大きく2900N/㎡のため転用後が積載荷重設定が小さい居住系用途だった場合、確認申請に関わらず構造的検討が必要。
・駐車場附置義務の必要台数が比較的多いため主要用途の余剰スペースを要する。
店舗系
・積載荷重も大きく2900N/㎡、駐車場附置義務の必要台数も多い。
・乗用車を停める駐車スペースに加え運搬用トラックが一定時間駐車して荷捌きを行えるスペースを確保しなければならない。
福祉系
・用途規制制限は緩やかであり、工業専用地域以外ならどの地域でも計画可能である。
・採光を確保しにくい低層部は採光関係比率の高い道路側に大開口を設けて2室1室採光とするなどしてうまく採光を図る。
・認可保育所の募集があるエリアは限られていること、認可なくしては助成金を取得できないことからマーケット調査が重要。
・認可所得に際し建物が準耐火構造かつ新耐火基準以降の建物であることが求められるため、認可部局の事前協議も必要。
1-3 集合住宅からコンバージョンをする上での留意点
集合住宅からコンバージョンをする上で留意点は一般的に以下のように挙げられる。
・法規上の問題
・エントランスの小ささ
・設備が個別管理
・構造はRC造
・界壁の有無
特に法規上の問題として、基準法令「増築又は改築に係る部分の床面積の合計が基準時における延べ面積の 1/20(50m2 )を超えず」とあるように増築での面積が制限されている。
団地の用途地域は通常第一種中高層住居専用地域である。この用途地域では,オフィス兼用住宅は非住宅部分の床面積が,50m²以下かつ建築物の延べ面積の 1/2 未満のものとされている。
また,非住宅部分における用途制限として事務所,自家販売のために食品製造,美術品又は工芸品を製作するためのアトリエ又は工房専修学校等などの規制がある。
以上が団地の構造面、設備面での問題点であるが、団地の居住者も考慮しなくてはならない。居住者の2/3以上の合意を得なければ改築ができないため、ニーズを把握すること、また改築での費用は自治体等が負担をするためコストをいかに抑えるかも検討しなくてはならない。
2.日本の団地コンバージョン
2-1 日本の団地コンバージョンの現状
1章で述べたように日本では団地のコンバージョンに対する課題が多いため団地1棟を丸ごと用途変更するような大規模なコンバージョンは現状行われていない。そのためこれまでに行われてきたリノベーションによる団地再生事例の中から部分的にコンバージョンが実施された箇所に着目して分析を行う。
2-2 団地コンバージョン手法の分類
部分的に行われたコンバージョン手法をそれぞれ増築、減築、ストック再生と大きく3つに分類する。増築の中で①壁の増築、②人の動線の増築、③建物の上や横に増築と3つに分け、減築も④壁の減築、⑤建物一部の減築と2つに分けて分類する。
2-3 日本の団地コンバージョン事例
2-2で分類化したコンバージョン手法をもとに日本で行われた部分的コンバージョンの事例分析を行う。コンバージョン前の既存ストックとコンバージョン後の活用用途を調べ、2-2での分類も含めて分析を行った。
表から分かるように⑥ストック再生が多く用いられている。また増築は②人の動線を増築する事例が多く、減築は④壁の減築をして空間を拡張する事例が多かった。それぞれこのような要因があると考える。
・増築では法規上の問題で増築できる面積が限られているため③は実現できない。①は元の住戸サイズが小さく、住居者がいる状態で工事を行うため騒音でのトラブルを避け事例が1つに止まっている。②は階段室型の団地がバリアフリー化をする計画するため事例が多かった。 ・減築では⑤のような1住戸や1層を減築する事例は1つのみであった。減築する上での費用がかかることや環境への負荷がかかってしまうためあまり行われていない。④のような空間を拡張するような壁の減築は構造躯体となる界壁を除いて自由に行えるため店舗やコミュニティスペースとしてコンバージョンする事例が多くあった。
事例 向ヶ丘第一団地
建築的操作:減築、壁の減築、動線の増築
変更後用途:オープンテラス、コミュニティスペース
コンバージョンの経緯
今後のストック型社会に向けて古い団地の住宅ストックを有効活用するために建て替え予定の団地の3棟を実験的に再生させた事例。
耐震性を向上させるため2層を減築で3層にしてオープンスペースはルーフテラスとして居住者が交流できる。また一部のスラブを開口し階段を設置したメゾネット住居も提案している。エレベーターや縁側デッキ、住戸の壁を撤廃し移動性を高めている。
3.ヨーロッパの団地コンバージョン事例
3-1 ライネフェルデ(ドイツ)
ドイツのライネフェルデでは東西ドイツ統合により街の中心であった工場が倒産し、人口減少を経て団地ストックを多く保持していたため早い段階から住宅ストック活用が考えられてきた。
事例 Housing Block 6
建築的操作:減築、動線の増築
変更後用途:公共スペース、デッキ
コンバージョンの経緯
従前は人々が環境とのつながりがほとんどない孤立したブロックであった。ガーデンシティ運動からインスピレーションを得てフロアガーデンを設置し、デッキを増築し移動性の向上を図り、減築によってオープンな公共スペースを作りコミュニティを促進している。
3-2 ニュー・イズリントン(イギリス)
イギリスの団地再生の経緯は日本と同じである。しかし、イギリスでは税制優遇により改修工事における17.5%の付加価値税を免除されコンバージョンに対して寛容と言える。
事例 公営住宅団地カードルーム地区
建築的操作:増築(ファサード)
変更後用途:住宅、店舗
コンバージョンの経緯
カードルーム地区での団地再生は単調であった団地のファサードを「戦略的フレームワーク」により約1400戸の住宅とともにオフィスや店舗、レストラン等を含む持続可能な新コミュニティを再生するプロジェクトが開始され、2006年には第1期のハウジングが完成している。
3-3 ガーデンステン(スウェーデン)
戦後、政策的に巨大な郊外住宅団地が建設、供給された。それはいわば福祉国家の象徴でもあったが、問題もさまざま抱えていた。またスウェーデンは移民問題等も深刻であった。比較的大胆に建築的な介入を行う事例も見られる。
事例 オストラ・ガーデンステン
建築的操作:減築
変更後用途:公共スペース
コンバージョンの経緯
8棟が横に連なり1000mのコンクリートの壁として佇むこの団地では治安が悪く犯罪が多発し退居者が多かった。単調なコンクリートのファサードを減築により階段状となるようボリュームを減らし、出来上がったオープンスペースからあたりを眺望することで犯罪数を減らしていた。
3-4 ハーグ(オランダ)
オランダのハウジングコーポレーションは資産である集合住宅をどのように活用するかをテーマとし意欲的なリノベーションを行なっている。
事例 ソーラーデカスロン2022のデルフト提案
建築的操作:増築
変更後用途:店舗、共有スペース
コンバージョンの経緯
デルフトの学生が考案した持続可能な団地再生の提案である。60年代に建てられたフラットな団地は現代では時代遅れであり、騒々しく断熱性が悪かった。そのため増築して床を増やしつつ1階部分ではレストランや共用エリアを設置し現代の生活に合わせ交流を増やし、従来の建物を覆う増築されたシェルにより断熱性と遮音性を高めエネルギー効率を良くしている。
4.結章
4-1 まとめ
以上の事例分析から日本と海外におけるコンバージョンの違いとして改修の規模の違いが確認できた。それはヨーロッパでの地震の少なさにより1住棟が大きく作られていることや改修事業に意欲的に取り組んでいることが挙げられる。大規模なコンバージョンを行うことで多くの住宅ストックを有効に利用でき、周辺地域の活性化も促進している。
4-2 展望
今後の住宅ストックが増えていく中で大規模なコンバージョンにより団地を活性化できることがヨーロッパの事例を通して学ぶことができた。こうしたコンバージョンの有用性を理解することから始めていき、具体的な法規の改定や改築のコスト算出、耐震性の向上などの問題に意欲的に取り掛かることで団地コンバージョンの実用化がより現実的になるのではないか。
<追記>
海外の事例を調べるにあたり取り上げなかったフランスとアメリカについて記述する。
・フランスではコンバージョンよりもリノベーションを積極的に行っており、レジデンシャリザシオンを設置し居住者に愛着を増進、公私のヒエラルキーを視覚化、景観の改良、犯罪の防止など団地に長く安全に住むための団地再生が行われている。
・アメリカでは規制緩和や補助金が実施されているが国の政策はあくまで後追いであり、業者がベンチャー的に市場を育てていったため、国が積極的にコンバージョンを進めているとは言い切れない。また団地のコンバージョン事例も見つからなかったため本稿における分析の対象外とした。
<参考文献>
UR都市機構「向ヶ丘第一団地 ストック再生実証試験」
https://www.ur-net.go.jp/west/renaissance/index.html
Terri Peters, Jean-Luc Valentin「CUT, CROP, ERASE , FILL」https://adk.elsevierpure.com/ws/portalfiles/portal/32837005/stefan_forster_study_terri_peters.pdf
佐藤健正「イギリス社会住宅の団地再生」関西大学
https://www.kansai-u.ac.jp/ordist/ksdp/danchi/vol_S02.pdf
liljewall「Östra Gårdsten」
https://www.liljewall.se/ostra-gardsten
OG Wijzer(5/31 2021)「Studenten TU Delft toveren portiekflats om tot paradijsje」
https://ogwijzer.nl/artikelen/studenten-tu-delft-toveren-portiekflats-om-tot-paradijsje/