You are here: Home // 建築の設計論 // アドルフ・ロースの住宅作品における空間構成に関する研究 —ラウムプランの成熟によるファサードと内部空間の同調性−

アドルフ・ロースの住宅作品における空間構成に関する研究 —ラウムプランの成熟によるファサードと内部空間の同調性−

B4佐藤滉哉です。前期の論文を掲載します。よろしくお願いします。

0.はじめに

0-1背景

オーストリアの近代建築家アドルフ・ロース(Adolf Loos 1870-1933)は、1898年に発表した論稿「被覆の原理」のなかで、「暖かく快適な空間をつくり出すこと」が建築家に課せられた課題として第一にあり、その空間を作るために「骨組みを発明すること」が第二の課題であると述べている。これは言い換えれば内部空間と構造のことであり、ロースの建築は内部の皮膜と外部の皮膜、そしてそれを支えるための構造体という三つの層からなっていると解釈することが出来る。また、ロースは部屋割りを階ごとに平面的に考えるのではなく、三次元の空間・立体の展開において考えるとした、建築が作り出す空間についての「ラウムプラン」を提唱したことでも知られている。

0-3目的

「建築は外部に向かっては沈黙を守り、これに対して内部においては豊饒な世界が展開するようにしたい」という言葉からも分かる通り、ロースにとって住宅は、外部から逃れ、身を潜めることが出来るシェルターでなければならない。一方で、ロースは住宅の立面を、内部の生活を反映させるものとしてではなく、都市という外部に対して振る舞う「仮面」として表現していたために、装飾の欠落した禁欲的とも言える無表情な平滑面とされてきた。しかし、ロースの住宅のファサードは時代を経る毎に無表情なファサードから、ファサードからだけでは内部が分からないような特異的なデザインへと変化を遂げている。これは初期の無装飾主義に加え、中期から機能主義・即物主義を取り入れたからではないか、あるいはラウムプランの成熟過程での内部構成の発展によって、ファサードと内部空間が同調して計画されたためではないだろうかと考える。このことから、外部の皮膜と内部の皮膜、それぞれ独立した関係にある両者が作り出すファサードと内部空間の関係に着目してロースの住宅作品における空間構成の特異点を抽出し、ラウムプランの成熟過程と共に設計の意図を明らかにすることでその真偽を確かめたい。

0-4既往研究

ロースの空間構成に関しては多くの研究がなされ、それぞれの住宅作品に関してファサード・内部空間・ラウムプラン・言葉や思想・素材や装飾など部分的に綿密な分析は行われているものの、ファサードと内部空間の関係性を複合的に分析された研究は無い模様。ルーファー邸の設計の際に描かれたとされる、開口部を黒く塗りつぶした立面に内部空間を反映させた、特殊な立面図がある。この特殊な図面を用いて各住宅作品を研究することは、ロースを研究するにおいて重要であると考える。

1. 研究の概要

1-1分析対象

ラウムプランの概念に基づき計画されたと位置づけられる最初の住宅作品は「シュトラッサー邸(1919年)」とされているが明確な裏付けが得られなかったため、本論ではロースが63年の生涯で手がけた113の作品において、多くの活動がみられる1910-1930年の20年間で「シュタイナー邸(1910年)」、「ホーナー邸(1912年)」、「ルーファー邸(1922年)」、「モラー邸(1926-27年)」、「ミュラー邸(1928-30年)」の5作品を対象とし、それらをラウムプランの成熟過程を示すために初期(シュタイナー邸・ホーナー邸)、中期(ルーファー邸)、後期(モラー邸・ミュラー邸)の三つに分類する。

1-2分析方法

これらの作品について、設計条件や敷地の形状などの基本的なデータ・建物の形態、立面における対称性、過去の文献に見られる各住宅における分析や評価を概観し、基本分析として表にまとめる。(表1)

基本分析表

その上で、作品ごとに前章で説明した特殊な立面図を東西南北すべての面で作製(下図)し、機能ごと(ピンク:夫婦・子供の寝室、黄緑:共有スペース、茶色:階段・廊下、水色:使用人が利用・倉庫)に色付けを行い、各住宅で〈形態〉・〈対称性〉・〈特異点〉の三つの観点から分析していくことで、空間構成に関しての考察を進めていく。

シュタイナー

図 シュタイナー邸

2. 〈形態〉に関する分析

2-1シュタイナー邸

街路側のかまぼこ状の屋根部分を除けばファサードはキュービック状で、内部空間は各階で上下階のずれは無くフラットに配置されている。

2-2ホーナー邸

かまぼこ状の屋根部分を除けばファサードはキュービック状で、内部空間は各階で上下階のずれは無くフラットに配置されている。

2-3ルーファー邸

方形屋根を除けばファサードは四面共にキュービック状で、内部空間は南側・北側で部分的に上下階のずれが見られる。

2-4モラー邸

凸有りの段状キュービック状で、内部空間は西側以外で部分的に上下階のずれが見られる。

2-5ミュラー邸

凸有りの段状キュービック状で、内部空間は東側・西側で部分的に上下階のずれが見られる。

3. 〈対称性〉に関する分析

3-1シュタイナー邸

街路側と庭側の二面はそれぞれ中心軸に対してシンメトリーに開口が配置され、それ以外の二面は開口に対称性は見られないが立面の外形は対称的である。それらの対称性は部分的に内部空間にも見られる。

3-2ホーナー邸

南側・北側と東側・西側でそれぞれ外形が対称的であり、開口にもそれぞれに対称性や軸性が見られる。それに合わせて部分的に内部空間にも対称性が見られた。

3-3ルーファー邸

ファサード・開口・内部空間共に対称性・軸性はほとんど見られなく、東西南北すべて異なるように見受けられる。

3-4モラー邸

北側はファサード・開口共にシンメトリーであるが内部空間は最上階を除き、対称性は見られない。東側・西側は外形は対称的であるが開口・内部空間に対称性は無く、部分的に軸性は見受けられる。

3-5ミュラー邸

東西南北でそれぞれ部分的に対称性・軸性が見られ、内部空間も部分的には対称性が見受けられる。

4. 〈特異点〉に関する分析

4-1シュタイナー邸

家族の寝室となる機能は中間階にまとめられ、それを上下で挟むように使用人が使用・共用で使用する機能が配置されているが、ファサードからはその関係が読み取れない。

4-2ホーナー邸

北面に関して他の面では開口に軸性が見られるがこの面では軸性の見られない階があり、中心軸にあたる所に大きな開口を持つ階段室が取り入れられてるため、ファサードからは内部のレベル数が読み取れない。また、東側・西側の最上階にはロースの住宅では珍しい小さな丸窓が二つずつ設けられ、何かしらの意図が反映されていると見受けられる。

4-3ルーファー邸

東西南北でそれぞれレベルの異なる位置の開口を配置していながらも、ずれのある箇所を除けばどの内部空間も天井の高さは統一されている。しかしファサードからはそれを読み取れない。

4-4モラー邸

東西南北どの面でも内部空間の上部に開口部が配置されているため、ずれの大きい西側を除けばファサードから内部のレベルが読み取りやすい。

4-5ミュラー邸

内部空間の大きさに対する開口の大きさの割合は使用人が使用する機能に比べて家族の寝室の方が大きく計画されていることが見受けられる。

5.結

初期の作品に関して、ファサードは両作品とも類似しており、南北側と東西側で対称性が見られ、街路側に対しては丸みを帯び、庭側にはキュービック型である。内部空間に関しても上下階でのずれは無く、比較的整って配置されているため、ファサードに関しては一般的に評価されている「仮面」としての印象が強く、内部空間を重ねても特異点はあまり見受けられないことからファサードと内部空間は独立して計画されていると思われる。

中期の作品に関しては形態は四面共にキュービック型であるが、開口と内部空間は四面共に対称性が無く配置されている。南北側に関して上下階のずれがあることから、ラウムプランが実験的に試みられていることが分かるが、ファサードと内部空間は独立して計画されていると思われる。

後期の作品に関しては形態は段状のキュービック型であり、それぞれの立面に関して、部分的に開口部が対称的に配置され、内部空間もそれに従い対称的になっていたりする。これは、内部空間の構成を追求し、その内部空間に差し込むべき自然光の適する箇所がファサードにおいて開口として設けられた為だと推測する。また、内部の機能ごとに開口の大きさに違いが見受けられることから内部空間の合理性・経済性を追求したラウムプランの成熟と同時に、ファサードと内部空間が同調して計画されている様に見受けられる。

Copyright © 2024 OKOLAB.net. All rights reserved.