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スイス・オーストリアの中大規模木造建築の設計手法-構造形式と外皮に着目して-

M2の早川です。2023年度の修士論文の内容を報告させて頂きます。

序章 研究の概要

0-1.研究の背景

 中央ヨーロッパに位置するドイツ,スイス,オーストリアは現代木造建築の先進国である。3国は豊富な森林資源を有しており,100年以上にわたり持続可能な森林管理を行ってきたという共通点がある。また,世界中で森林が減少傾向にある中で森林面積が増加しており,森林管理によって生み出される豊富な土壌を活かして,技術力の高い木造会社,職人が多く存在し活躍している。

 1990年代には,専門家らによってこの3国でほぼ同時期にCLT(Cross-Laminated Timber)が開発された1)。これと共に,木材と相性が良い省エネ環境技術が発展したことによりプレハブ技術が普及し,2000年代から現代にかけてはデジファブ技術,施工技術の向上に伴い,エンジニアリングデザインの幅が拡張した。また3国では木造建築に限定した建築コンペが開催されていることもあり,技術面のみならず意匠性を重視した木造建築が数多く存在する。上記のことを背景に,国や州による支援に加え,林業従事者,製材工,建築家,構造家,施工者をはじめとした建築に関わる業種の協業が中大規模木造建築の発展を促進している。中でもスイス,オーストリアは,木造の床材の一部にコンクリートを使う合成スラブやCNCマシンの普及によって,8階建てのオフィスビルや3次曲面を用いた木造建築の先端的事例が豊富に存在する地域である(図1)。

図1 スイス,オーストリアの中大規模木造建築

0-2.研究の目的

 本研究の目的は以下の5点とする。

①構造形式と外皮に着目してスイス,オーストリアの中大規模木造建築の構成を明らかにする。②プレハブ技術や施工方法等の技術的な特徴を明らかにする。③外皮に見られる環境性能を明らかにする。④法規,制度等を明らかにする。⑤①~④で得た知見をもとに今後の日本における中大規模木造建築の在り方を考察する。

0-3.既往研究と本研究の位置づけ

 これまで,中大規模木造建築に関する研究は数多く行われている。主に,国内外において構造分野による構造システムや火災安全性に関する実験的研究が中心である。建築計画の分野では,小峰ら2)の南ドイツの大規模木造建築を対象に環境性能を明らかにした研究や,Steffenら3),Klausら4)の高層の木造建築のプレハブ技術と持続可能な設計手法に着目した研究,Joannaら5)の著名な建築家の作品を対象に伝統的な木造建築の技術やデジファブ技術を取り入れた現代木造建築の接合部と意匠の関係性に着目した研究が存在するが,構造形式と外皮に着目して構成や施工方法,接合部,環境性能等を明らかにした研究は少ない。

 以上より本研究では,現地の全25棟の実態調査に基づき,先端的な木造の設計方法,施工技術,構法,意匠性とそれを実現するためのエンジニアリングの関係を明らかにする。

0-4.研究の方法と対象

 2022年9月にスイスとオーストリアに赴き,中大規模木造建築を対象に現地調査を行った。現地においては,実測調査をすることで図面等の不足情報を補うと同時に,外観,構造と接合部,素材の劣化具合等の分析を行った。また,スイス,オーストリアの中大規模木造建築に関する書籍や論文,建築家のHP,施工写真等を参考資料とし分析を行う。研究の対象は現地調査を行った25作品である(表1)。対象の選定は,CLTの構造体への使用が承認された1)ことを皮切りに中大規模木造建築が発展したことから,1990年以降に竣工した建築作品のうち,階数が3以上または延べ面積1,000㎡以上のもので,現地調査が可能なものとする。

表1 現地調査を行った研究対象リスト

第1章 スイス・オーストリアの基礎的研究

1-1.地理的背景

 スイスは国土の約32.2%,約12,705km26),オーストリアは国土の約47.9%,約40,179km27)森林で覆われている。両国共に,森林全体の約7割を針葉樹林が占め,伐採量が森林の成長量を上回ることのないように計画,管理することで持続可能な森林づくりに成功している。

1-2.社会的背景

1-2-1.発注方式

 一般的にスイス,オーストリアでは,ゼネコンに一括して発注を行う方式ではなく,建築家またはCM(コンストラクター・マネージャー)がプロジェクトごとにサブコンを選定し,分離発注を行うCM方式を採用することが多く,建築家がサブコン選定のプロセスに深く関わっている。

1-2-2.防耐火に関する法律,規制

 防火要件に関して,スイスではVKF(Vereinigung Kantonaler Feuerversicherungen)防火規則8),オーストリアではOIB(Österreichische Institut für Bautechnik)ガイドライン9)に則って各州で策定され,時代に合わせて随時改定されている。

第2章 構造形式(ストラクチャー)

 2章では構造形式を整理し,次に柱,梁,壁,床といった部位にどのような構法,技術が採用されているのかを明らかにする。

2-1.分類

 構造形式は研究対象25事例中,「柱梁構造」が11事例,「壁式構造」が8事例,「柱梁+壁式構造」が5事例,「外郭構造」が1事例であった(図2)。純木造は「F2/オベレワイド住宅団地」(図8左)のみ(地下階,基礎を除く)で,これを除きすべて混構造であった。そのため,スイス,オーストリアでは純木造に拘ることなく積極的に混構造を採用していることが分かる。「柱梁構造」の場合,「F15/ヴェルダーハウスBA1」(図3)を除き横架材はすべて木造であり,柱は木造のものが4事例,RC造またはS造のものが7事例である。特徴的な構造形式として,格子状の梁を用いた事例や,レンチキュラートラスの梁(図4)を用いた事例が見られた。「壁式構造」の床と壁はすべて木造であった(合成スラブ,コア部分を除く)。

図2 構造形式の分類

図3 鉄骨造の梁を用いた事例

図4 格子状の梁(左)とレンチキュラートラスの梁(右)

2-2.部位

 柱,梁,壁,床には,主にGLT(Glued-Laminated Timber),CLT,NLT(Nail-Laminated Timber),DLT(Dowel-Laminated Timber)の4種類の集成材が一般的に使用される。GLTは挽き板または小角材を接着剤で接合して作られた材である。CLTは複数の挽き板を互いに直交する方向に層状に積み重ね,接着して作られた材である。NLTは挽き板を釘打ちして作られた面材であるのに対し,DLTは挽き板を硬質な木製ダボで接合した材である(図5)。

図5 集成材の種類

2-2-1.柱梁構造の各部位

 ここでは「柱梁+壁式構造」の柱梁構造の部分を含めて記述する。

1)柱

 木造の柱は8事例に見られ,5事例にGLTが用いられている。

2)梁

 木造の梁は13事例に見られ,そのうち9事例にGLTが,2事例にCLTが用いられていることから,無垢材の利用は皆無で,中大規模木造建築には集成材は欠かせない材料になっている。

3)壁

①枠組み壁

 枠組み壁は7事例に見られ,1フロア分かつ柱のスパンに合わせてモジュール化,プレハブ化した枠組み壁を用いるのが一般的である。枠組み壁の内部には断熱材を充填することが一般的である。

2-2-2.壁式構造の各部位

 ここでは「柱梁+壁式構造」の壁式構造の部分を含めて記述する。

1)壁

①枠組み壁

 枠組み壁は10事例に見られ,梁と枠組み壁を一体化した事例も見られた(図6)。

図6 梁と枠組み壁を一体化した事例

②集成材壁

 一般的に集成材壁には,CLT,NLT,DLTが使用される。CLT壁は枠組み壁に比べ壁厚を薄くすることが可能であり,木材自体に断熱性能があるといった利点がある。しかし,寒冷なスイス,オーストリアで外壁に使用する場合には,CLT壁の厚さを十分に確保する,もしくは現場で断熱材を付加して施工する必要があるため,外壁に用いられた事例はなく,すべて内壁に用いられていた。また,1階から3階までの配管スペースをCLTでプレハブ化した事例(図7)やコアの壁にCLTを使用した事例も見られた。

図7 配管スペースをプレハブ化した事例

「F2/オベレワイド住宅団地」は,構造壁に28×70mmの荒挽きの厚板(モミ/トウヒ)を釘打ちして製作したNLTが用いられている。DLTを製造する会社の倉庫兼木材加工場である「F20/SOHMホルツバウ」では,自社で製造したDLTが使用されている(図8)。

図8 NLT(左),DLT(右)を用いた事例

③無垢材壁

 「F5/バーデナーシュトラーセの集合住宅」では,木製の無垢板を連続させて構造体としての壁にする構法が採用されている(図9)。100×195mm角の無垢板を大工が一枚ずつ配置し,木ダボを使用して上下のレールに固定している。施工を簡略化することで2人の職人により1フロアを1日で完成させている。壁の厚板は,接着剤を使用することなく木ダボのみで床に固定されているため,建物の解体と解体された後のリサイクルが容易である。

図9 連続板を用いた集合住宅

2-2-3.柱梁構造及び壁式構造の各部位

1)床

①箱桁

 25事例中9事例において箱桁を用いた架構が用いられている。「F3/ゲバルト通りの集合住宅」では,「LIGNO Q3」(図10)という箱状の製品が使われている。化粧材が一体化した製品も存在することから,設計時に化粧材を組み込んだプレハブ部材を使用するか,現場で化粧材を施工するかを選定することが可能となっている。

図10 箱桁を用いた事例

②集成材床

 CLTスラブの製造寸法は,製造プロセスと輸送によって制限され,幅4m,長さ22mまでの寸法であれば斜め釘や金属製ジョイントを使用して,現場で比較的迅速に施工することができる。NLTまたはDLTスラブには,一般的に厚さ80mm〜180mmの無垢材が使用される。

③合成スラブ

 「F24/LCT-One」(図1)に見られる合成スラブは,木の梁とコンクリートの床が一体化したものである(図11左)。内寸2.7m×8.1mの鋼製型枠の中に木製の梁を等間隔で挿入し,その隙間に圧力を加えながらコンクリートを注入し製造する。中大規模木造建築においては,梁の断面寸法が大きくなってしまい空間を圧迫してしまうことが多いが,この事例では梁成を320mmとし,階高を抑えることに成功している。また,CLTを捨て型枠としてRCを打設することで剛性を高めた合成スラブも2事例に見られた(図11右)。合成スラブは剛性,防火性能を高めると同時に天井に木材を現すことができ,木造建築らしい表現が可能であるといえよう。

図11 合成スラブ

第3章 外皮(エンベロープ)

 3章では,外皮に着目して分析を行い,外皮に見られるスイス,オーストリアならではの特徴と環境性能を明らかにする。

3-1.分類

 外皮とは建築の躯体を被覆し,内外の環境を区画する屋根,壁,床,窓,その他の外装システムの総称である。外皮特に壁の種別として,CWが4事例,枠組み壁が16事例,集成材壁が2事例,無垢材壁が1事例,CWと枠組み壁を併用したもの1事例であった(図12)。CWはすべてガラスであった。集成材壁の2事例はDLT壁,NLT壁それぞれ1事例ずつであった。

図12 外皮の分類                        図13 ガラスCW

3-1-1.カーテンウォール

 「F10/シテ・ドゥ・タン」(図13)では,ユニット化したパネルを現場に搬入して取り付けるユニットパネル方式が採用されている。ガラスCWを構成する部材であるフレームとガラス,パネルの組み立て等の施工の大部分が工場で施工される。

3-1-2.下地+外装材

1)施工方法

 2章で明らかにしたように,柱梁構造の場合,モジュール化,プレハブ化した枠組み壁を施工した後,その上に外装材を施工することが一般的であるが,外装材と下地を一体化した外壁パネルを用いた事例も見られた(図14)。壁式構造の場合の多くは,構造壁を施工した後,下地と外装材は現場で施工される。

図14 下地と外装材を一体化した外壁パネル

2)経年劣化とメンテナンス

 外装材に木材を用いた事例が16事例見られた。スイス,オーストリアでは,木材が劣化し変色することを受け入れ,劣化が進行した際には張り替えれば良いと考えている人が多く,未処理の木材を用いた事例が多く見られる。外装材の木材の葺き方に着目すると,16事例中9事例が縦張であった(図15)。木材の繊維と目地を垂直方向に配置することで,雨水が速やかに流れ落ち,乾きやすいことから縦張が一般的に採用されている。3事例見られた杮葺き,木製パネルにおいても繊維方向は全て垂直方向であった。

図15 木材を用いた外装の分類

3)防耐火性

 OIBガイドライン9)によると,建築等級4及び5の建築物(7mを超える集合住宅やオフィスビル)の木造の外装材は,不燃材料としなければならないが,例外として少なくとも3方向から消火活動が行える敷地であれば,以下a~cの場合にのみ,外装材に木材を使用できる。

a.耐火被覆としてA2クラス(石膏ボード等の非可燃性で発火点温度1,000℃以上)の材料を用いる。b.接合部には少なくとも発火点温度1,000℃以上(鋼鉄,ステンレス鋼など)の材を用いる。c.外装材の内側の通気層の厚さは60mm以下とする。

3-2.環境性能

3-2-1.外付けブラインド

 スイス,オーストリアでは外付けブランドを設置することが一般的で,25事例中22事例に外付けブランドが見られた。手動のものがほとんどであるが,「F24/LCT-One」(図1)では,太陽光が当たると照度を感知し自動で開閉するブラインドが見られた(図16)。

図16 自動ブラインド               図17 断熱材

3-2-2.複層(2重,3重)ガラスの設置

 25事例中19事例に複層ガラスが設置されており,一般的に普及している。 

3-2-3.木製サッシ

 研究対象25事例中9事例に見られた。

3-2-4.断熱材

 断熱材には,羊毛等の天然素材を用いる事が一般的である(図17)。

第4章 構造形式と外皮

4章では,構造形式と外皮の組み合わせを整理し,構造形式と外皮に見られる特徴を用途ごとに明らかにする。

4-1.組み合わせ

 構造形式と外皮の組み合わせは「柱梁構造」×「下地+外装材」(8事例),「壁式構造」×「下地+外装材」(8事例),「柱梁+壁式構造」×「下地+外装材」(5事例),「柱梁構造」×「CW」(3事例)の4つが主である(図18)。

図18 構造形式と外皮の組み合わせ

4-2.用途

4-2-1.集合住宅

 集合住宅では,「壁式構造」×「下地+外装材」の組み合わせが採用されることが最も多い(9事例中7事例)。この組み合わせの壁に着目すると,枠組み壁のものが最も多い(7事例中5事例)。枠組み壁は,予め内部に断熱材を充填することで,現場で断熱材を施工する工程は省かれる。そのため現場での施工は,床に対して枠組み壁を取り付け,防水シート,胴縁,外装材等の下地を施工するのみである(図19)。また,柱に箱桁を架け渡したものに対して下地と外装材を一体化した壁パネルを用いた事例(F12)も存在する(図14)。このように,スイス,オーストリアの集合住宅では,9事例中8事例において外壁がプレハブ化されており,プレハブ化した壁は相当普及していることが伺える。

 床はすべての事例において箱桁または集成材床であった。箱桁の厚みは213〜320mmであり,内部には遮音材である砂利,または断熱材として羊毛が充填されるのが一般的である。集成材床は,木材自体に断熱効果があるため断熱材の厚さは箱桁と比べ少なく済み,断熱材は集成材床の下面に取り付けられる。また,図面から読み取ることのできた7事例すべてにおいて,箱桁及び集成材床の上面には遮音材と床暖房システムが設置されている(図19)。これも寒冷地ならではの仕様であるといえよう。

図19 集合住宅の床と壁の構成(F23)

4-2-2.オフィスビル

 オフィスビルの構造形式と外皮の組み合わせは,「柱梁構造」×「CW」と「柱梁構造」×「下地+外装材」が最も多く見られた(図20)。柱と梁には,すべての事例でGLTが採用されている。床には高い耐荷重性と耐火性能を担保するため,2事例において合成スラブ(図11)が採用されている。また,外皮にはガラスCWを採用することで外観から内部の架構を透視できるような意匠を目指している(図13)。そのため架構には,柱と梁の接合部に曲線を用いる,複数本の柱で梁を挟み込むといった意匠的な配慮が見られた。また,柱と外壁を一体化したプレハブユニットを採用した事例「F24/LCT-One」も見られた(図1,図21)。

図20 オフィスビルの代表的な4事例の組み合わせ

図21 柱と外壁を一体化したユニット

4-2-3.倉庫兼木材加工場

 倉庫兼木材加工場では,「柱梁構造」×「下地+外装材」の組み合わせが採用されることが最も多い(5事例中4事例)。外装材には,すべての事例で木材が用いられ,自然豊かな周辺環境との調和を図ったデザイン意図が読み取れる。「柱梁構造」×「下地+外装材」(図22)の組み合わせにおいて,柱はすべての事例でRC造が採用され,横架材は「F15/ヴェルダーハウスBA1」(図3)を除きすべて木造である。下地は柱のスパンに合わせてモデュール化,プレハブ化されており,下地を取り付けた後,外装材が現場で施工される。木材加工場の外皮に求められる環境性能がそもそも低いため,下地と外装材の構成はすべて異なり,断熱材や防湿シートを用いることなく二次材である枠組みと外装材のみで構成したもの(F11)や枠組みや胴縁に断熱材を挟み込んだ構成のもの(F22)など様々である。

図22 木材加工場の「柱梁構造」×「下地+外装材」の組み合わせ

第5章 スイス・オーストリアの特徴と日本との比較

 5章では,スイス,オーストリアの中大規模木造建築に見られる特徴を明らかにし,日本と比較しながら論じることで今後の日本の課題を明らかにする。

5-1.生産体制

5-1-1.森林と林業

 森林面積に着目すると,日本はスイスの約19.7倍,オーストリアの約6.3倍であり,国土における森林率も上回っていることから,日本はスイス,オーストリアよりも森林資源が豊富である。しかし,一人当たりの木材ストックに着目すると,オーストリアは131.99㎥/人と日本の約2.9倍の値であり(表2),一人当たりの木材ストックが多く,自国で消費する木材のほとんどを自国で供給することが可能である。平均蓄積量(単位面積当たりの総木材ストック)に着目すると,日本に対してスイスは約1.5倍,オーストリアは約1.3倍である。この指標は,狭い敷地内で効率よく木材を生産していることを意味することから,我が国はうまく管理できていない生産性の低い森林が多く存在することが分かる。

表2 スイス,オーストリア,日本の森林と木材ストックの比較

5-1-2.CLT

 ここではCLTの生産量と生産拠点の地理的関係を比較する。スイスはドイツから製材を多く輸入しているため6),スイス,オーストリアだけでなく,ドイツについても言及する。2021年度の各国のCLTの生産量は,スイスが40,000㎥,オーストリアが634,500㎥,ドイツが354,500㎥であり10),中央ヨーロッパ3カ国のCLTの生産量は1,029,000㎥である。CLTの工場はオーストリアに10か所,スイスに1か所,ドイツに13か所10)あるのに対して,日本のCLT工場は7か所11)であり,生産量も少ない(図23)。

 2021年度の日本のCLTの生産量は15,000㎥12)であるが,実際には60,500㎥(8時間稼働想定)11)の生産能力がある。この数値は現行の工場の製造機械の性能や量,人員の配置などの生産体制を考慮した上での数字である。近年,国や企業によって国産材を積極的に使用する取り組みが行われてきているが,現状では輸入材に頼っており,45,500㎥ものCLTの生産能力が活用されていないのが日本の現状である。図23右は生産可能量を示しており,生産量はもっと少なく,生産量を示した場合,円の大きさはこれよりも小さくなる。

図23 中央ヨーロッパ3国のCLT工場の分布と生産量(左),日本のCLT工場の分布と生産可能量(右)(2021年)

5-1-3.高度なプレハブ化

 「F24/LCT-One」は,8階建てのオフィスビルである(図1)。外壁と柱が一体化した「外壁+柱ユニット」と木の梁とコンクリートを一体化した「合成スラブユニット」で構成された柱梁構造である。RC造の基礎とコアが現場で施工されている間に,「外壁+柱ユニット」と「合成スラブユニット」を工場で製造する。「合成スラブユニット」は,現場で5人の熟練した大工によって1ユニットあたり約8分というスピードで設置され,1日で1フロアを施工することが可能である(図24)。

 これに対して日本では,スイス,オーストリアほど高度にプレハブ化された中大規模の木造建築は存在しない。まず国内の同種同規模の「Port Plus」を取り上げる(図25)。十字形状の柱と梁のユニットは,比較的小さな寸法である(図24)。

 「F24/LCT-One」は,1フロア施工するのに1日,8層を8日で建設する。これに対して「Port Plus」は,1フロアの施工に約7日かかるため単純計算で11層施工するのに77日かかることとなり,さらに気候による影響を受けやすく,木材を乾かす,養生シートを貼る等の手間が生じる。また,部材の寸法が小さく部材数が多い点も工期に影響していると考えられる。

図24 プレハブ部材の大きさの比較と工期の関係               図25 Port Plus

5-2.加工技術

5-2-1.CNC加工機

 スイス,オーストリアでは,X軸,Y軸,Z軸に加えてヘッドが回転する5軸のCNC加工機によって曲面を加工する技術が広く普及している(図26)。Blumer Lehmann社が取り扱っているCNC加工機の「TW-Mill 2015」は,最大寸法で厚さ1,350mm,大きさ27,000mm×5,500mmの材を加工することが可能である13)。一方で,日本に見られるCNC加工機は2軸(X,Y軸)と3軸(X,Y,Z軸)のものが主流であり,国内で稼働しているCLT工場で生産できる面材の最大寸法は厚さ約300mm,大きさ12,000m×3,000mmのもの11)であり,スイス,オーストリアのそれに比べ小さい。

図26 曲面を用いた柱・梁の接合部

5-2-2.純木造の三次曲面グリッドシェル

 「F9/スウォッチ本社ビル」は純木造の三次曲面グリッドシェル構造の外郭をもつ(図1)。複雑な3次曲面の構造に各種設備配管と10種2,800枚の外装材を取り付ける際に,外装材とそれに関連する要素をデータとして管理し,エンジニアが求める解析データを抽出,設計変更を自動的に反映,さらに部材製作に必要なデータや施工図を自動生成するシステムが採用されている14)

 日本の類事例として「学ぶ,学び舎」(vuild)(図27)を見てみよう。これはCLT板を型枠とした屋根に鉄筋コンクリートを打設した混構造である。材の寸法は,「Biesse」という5軸のCNC加工機で加工できるサイズ(厚み250mm,大きさ1400mm×5000mm)以下に収めるといった制約がある15)。また,設計途中に構造体をCLTの純木造にすることが考案されたが,CLTでできた梁やスラブに継ぎ手がある場合には構造実験での検証が必要であることから純木造にすることを断念している。

 日本において三次曲面を用いた純木造建築を施工することは,大規模な製造工場と大きな木材に対応した5軸の加工機が希少であるといった理由から難しい。また,構造実験での検証が必要であるといった法規上の理由,複雑な構造計算を要するといった理由から避けられているのが実情である。「F9/スウォッチ本社ビル」においては,CNC加工機に送り込むプログラムの作成から図面作成に至るまで,スイス連邦工科大学の元研究員が関わっており,設計事務所と施工者を取り持つ3Dデータ制作の専門家が存在することはスイスならではの特徴である。近年日本では,「学ぶ,学び舎」に代表されるようにCNC加工機を用いた三次曲面の架構が試みられるようになってきているが,未だ木加工に特化した専門家や施工技術者が少ないことが課題である。

5-3.防耐火基準

 スイス,オーストリアは,日本のような準耐火構造や耐火構造といった区別がなく,最高高さで耐火基準8)9)が異なる。高さ30m以下の場合,主要構造部,防火区画を形成する床・天井,避難階段は60分耐火,最上階天井は30分耐火が求められる。高さ100m以下の場合,主要構造部,防火区画を形成する床・天井,避難階段は90分耐火,最上階天井は60分耐火が求められる(図28)。スイス,オーストリアの耐火基準は日本の燃えしろ設計の考え方と同様のもので,燃えしろを確保した柱を採用して最高高さ100mまで建設が可能である。現地調査では燃えしろ設計による60分耐火の柱が見られた(図26)。

 これに対して日本では,最高14階までの上限があり,最上階から数えた階数に応じて120分/90分/60分の耐火構造で設計することが可能である16)(図28)。耐火構造の柱は,被覆型/メンブレイン型,燃え止まり型,鉄骨内蔵型の3つの方法が一般的であり,燃えしろで設計することはできない。また2019年に,60分を超える火災が想定される規模や用途の建築物であっても,実験などで耐火性能が確かめられた場合,準耐火構造による設計が可能となった。この2019年の建築基準法改正後,日本ではじめて燃えしろ設計の柱を用いた木造の4階建ての集合住宅「awaもくよんプロジェクト」(75分準耐火構造)(図27)が設計された。このように日本では,実験を行うことで燃えしろで設計することが可能だが,現状(2023年12月時点),4階建てまでしか存在しないのが実情である。

図27 日本の事例                     図28 防耐火基準の比較

結章

6-1.結論

 本研究では,スイス,オーストリアの中大規模木造建築の構造形式,外皮に着目して分析を行った。柱梁構造の外壁には,CWもしくは,1フロア分かつ柱のスパンに合わせてモジュール化,プレハブ化された外壁パネルが下地として採用される。壁式構造の外壁には,枠組み壁または集成材壁に対して,外装材,防湿シートが現場で施工されるが,高度にプレハブ化した事例も見られた。また,ゼネコンに一括発注を行うのではなく建築家やCMがサブコンを選定することが多いため,設計者の負担が大きく,設計開始から竣工まで時間がかかるといった欠点もある。しかし,技術力の高いサブコンやメーカーが多く存在するため,構造体に使用されるエンジニアリングウッドの種類とそれらを用いた工法のバリエーションは豊富で,設計者は幅広い選択肢の中から材料と工法を選定すること,プロジェクトを通して開発することが可能になっている。

 スイス,オーストリアに対し,我が国は平均蓄積量(人口一人当たりの総木材ストック)が少ないが,森林資源が豊富なため,CLTの生産拠点を増やし国産材を利用することで,林業の活性化に繋がると考えられる。しかし,大規模なCNC加工機が存在せず,5軸のCNC加工機があまり普及していないこと,木造に特化した教育機関,建築家と施工者を取り持つ3Dデータ制作の専門家の数が不足していることは日本の大きな課題である。

6-2.課題と展望

 本研究では,現地調査を行ったスイス,オーストリアの全25棟を対象とし,構造形式と外皮に着目して分析を行った。事例数が僅かなため,事例数を増やして分析を行うことで,統計的に構造形式と外皮の構成を明らかにすること,わが国には見られない工法の発見に繋がると考えられる。今後,我が国の中大規模木造建築に関する法規の緩和や生産体制の確立,中大規模木造建築の設計の一助となることを期待する。

【参考文献】

1)Patrick Hugh Fleming:Cross-Laminated Timber,Pioneering innovation in massive wood construction,Takenaka Carpentry Museum; ETH Zurich,2021

2)小峰里沙:環境配慮の観点から見た南ドイツにおける大規模木造建築の設計手法,明治大学修士論文,2019

3)Steffen Lehmann:Research in sustainable design and construction systems: multi-storey residential timber buildings in Europe,Australian and New Zealand Architectural Science Association (ANZAScA),2008

4)Klaus Zwerger: Innovations inPrefabricated High-Rise Timber Construcion,Diploma Thesis, Vienna University of Technology,2015

5)Joanna Ludmiła Arlet: Innovative Carpentry and Hybrid Joints in Contemporary Wooden Architecture,West Pomeranian University of Technology,2021

6)スイス連邦環境局FOEN:Jahrbuch Wald und Holz 2022

7)Federal Ministry of Agriculture, Forestry, Regions and Water Management:Facts and Figues 2022 (barrierefrei)

8)Vereinigung Kantonaler Feuerversicherungen:VKF-Brand­schutz­vor­schrif­ten 2015

9)Österreichisches Institut für Bautechnik: OIB-Richtlinien 2023

10)Timber-online.net:The biggest CLT producers in Central Europe,2021

11)日本CLT協会: 国内CLT 製造企業一覧(2021年3月17日)

12)農林水産省:令和3年木材統計(令和5年1月13日更新)

13)Blumer Lehmann社:blumer-lehmann.com(最終閲覧日2023.12)

14)株式会社新建築データ:『新建築』2019.10

15)vicc blog:曲面形状座談会#1 設計・施工の制約とコミュニケーション(最終閲覧日2023.12)

16)総合資格学院:『令和6年版建築関系法令集』,株式会社総合資格,2022.11.1

【図版】

表2 スイスの国土面積,森林面積,総木材ストックはUZ-2225-D_JB-WaldHolz 2022をもとに作成。オーストリアの国土面積,森林面積,総木材ストックは,Facts and Figues 2022 (barrierefrei)をもとに作成。日本の国土面積は総務省統計局をもとに作成。森林面積,総木材ストックは,林野庁の調査による森林資源の現況(人工林,天然林別) (R4.3.31現在)をもとに作成。3国の総人口はGLOBAL NOTEをもとに作成。その他は筆者自身で作成。

図7 Otto Kapfinger:『 HERMANN KAUFMANN WOOD WORKS』p81, SpringerWienNewYork,2009より引用

図14 https://www.hkarchitekten.at/v71/wp-content/uploads/pdfs/A2_74-forschungsbericht.pdfより引用

図23 中央ヨーロッパ3国は生産量を示し,日本は現行の工場の製造機械の性能や量,人員の配置などの生産体制を考慮した上での8時間稼働想定の生産可能量を示す。また,図左                 はTimber-online.net:The biggest CLT producers in Central Europe,2021を基に,右図は日本CLT協会: 国内CLT 製造企業一覧(2021年3月17日)を基に筆者自身で作製。

図24 LCT-Oneは,BD Feb 22; 14-15 tech (hughstrange.com),LCT ONE: A case study of an eight-story wood office building – Construction Specifierを参考に筆者自身で作成。Port Plusは,株式会社新建築データ:『新建築』2022.5月号.p34,大林組:Port Plus (oyproject.com)を参考に筆者自身で作成。

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